見出し画像

昔飼っていた犬


小学校に上がる前の年
私は小さな町へとお父さんの都合で引越しになった。

小さな町の小さな社宅の集落はとても狭く
何人か子供は居たけれど
私と同学年の子はいなかった。

小学校に入っても
小さな町の小学校では同学年が7人しかいず
他所からきた私はいつも一人ぼっちだった。

いつもいじめられていたから
小学校に行くふりをして
途中でさぼって公園で一人で本を読んでいた。

小さな町の山の公園は誰も来ない秘密の場所だった。

ある日
公園にぬける途中の家の
いつも閉ざされていた門が開いているのを見つけた。
子供心の好奇心に勝てずに
私はそこに忍び込んだ。

そこには金網で囲われた犬小屋があって
中にはTVでしか見たことのないような犬がいた。

「お前知ってるよ。名犬ラッシーだよね?」

伸ばした手に金網越しに押し付けられた鼻が冷たかった。


窓が開いて人の気配がしたので
あわてて門から出ようとしたら
犬がヒィヒィと悲しくないた。

「ジョン。どうしたの?」

家のおばさんが窓から声をかけた。

そうか。ジョンっていうんだね。


それから私は毎日ジョンに会いに行った。


給食のパンや
たまに行った街で
犬のおやつをお小遣いで買って
ランドセルに隠して持って行った。


その頃の私の友人はジョンだけだった。


ある日小学校に行こうとしたら
踏み切りの横でジョンが座って待っていた。
首にかけた鎖がちぎれて
脱走してきたのがはっきりわかった。

私はジョンを返すために
そのまま連れて小学校へ向かった。

いつもの場所でいじめっ子が待ち伏せしてて
私に向かって石を投げてきたけど
ジョンがすごい勢いで吠えて
慌てた子らは逃げて行った。

初めて会ったジョンのおばさんは
昨日の夜から逃げていたジョンが帰ったことを
ものすごく喜んで
ロールケーキを包装紙に包んでくれた。

本当はものすごく欲しかったけど
学校に行くからいらないですと返して
その代わり、たまにジョンと散歩に行っていいですか?
と聞いた。

おばさんは

ジョンはもうかなり大きくなっていて
引きずられるから心配だと言ったけど
それでもなんとか了解を貰った。

それからは毎日ジョンと散歩に行った。
夏休みにも一緒にプールに行って
日陰につないで

私のかぶらせた麦わら帽子を
帰るまで律儀に脱がない犬だった。

プールの帰りに雑貨やさんで買った
魚肉ソーセージをはんぶっこしながら帰った。

また明日ねって約束しながら。



・・・小学校三年生の夏休みに
ジョンのおばさんの所に行くと
おばさんは転勤で引っ越すのだといわれた。
ずっと遠くの大きな街に行くのだと。

ジョンと会えなくなる。
そう思ったら悲しくなってそのまま走って家まで帰った。
散歩を待っていたジョンがはげしくないた。
でも、散歩に行く気にはなれなかった。


それから一週間
私はジョンの所に行かなかった。
あさってジョンは引越しして行ってしまうはずだった。


その夜
ジョンのおばさんがカステラをもって家に来て
引越しの挨拶にやってきた。
母が挨拶をしなさいと言ったけど
私は布団をかぶって会わなかった。


おばさんは1時間ほど両親と話して
そして帰って行った。


あわてて飛び起きて裸足で追っかけたけれど
おばさんの乗った車は遠く、赤い尾灯が見えるだけだった。

その夜は泣いて疲れて
そのまま眠ってしまった。


次の日はプールに行く気にもなれずに
山の公園で一人で暗くなるまで本を読んだ。
真っ暗になってから家に戻ったら
あちこち探したという父に酷く怒られた。


そして玄関に

ジョンが座っていた。


転勤先では犬が飼えないから
良かったら飼ってもらえないか
そういう話をされたのだと父は言った。

でも、それは嘘だと私は知っていた。

おばさんは大きな街に建てた自分のおうちに帰るのだと
私に言っていたからだ。

おばさんは私のことを思って
ジョンを置いていってくれたんだと思った。


それから8年
ジョンはいつも家族の一員だった。
家族旅行にはジョンを車に乗せて
本州までも行った。
頭が良くてよく言うことを聞くジョンは
家族の自慢だった。


・・・・・・でも。。別れの時はきた。


老齢になりジョンは横たわったままになった。
酷く苦しんでただ足をかくようにもがいていた。


耐えられなくなった母が
明日ジョンを獣医さんの所で楽にしてもらおうと思う。
そうぽつりと言った。
誰も反対しなかった。

夜、毛布をもってジョンの処に行った。
頭を抱えてありがとうとだけ言った。


ジョンはいきなり跳ね起きて
ワンワンワンと三回大きな声で吠えて
そしてそのまま動かなくなった。


動物が死ぬ瞬間を初めて見た。


両親も聞きつけて起きてきた。

明日行く場所がわかっていたから
そうさせたら皆に負担になってしまうから
自分であっちの世界に行ったんだなと
父が真顔で泣きながら言った。


今でもお前ほど賢くて
愛せた犬はいないよ。


夏が来ると思い出す さよならした夜のこと。

もうあれから 何年になるんだろう。




昔飼っていた犬

2006年08月03日


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?