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ひまわりのような猫



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やあ、こんちは。

俺はトラ。


今年で12歳になるよ。


俺の右目、ガラス玉みたいだろ?

…この目は見えないんだ。もう3年半になる。

残った左目もあまり見えない。影くらいかな。

鼻がフゴフゴ言っているのは
鼻骨が細かく折れてしまってるから


クチもうまく閉まらないので
ちょっとよだれが出ちゃうけれど


だらしない奴だなんて思わないでな。


いつもかーちゃんが一生懸命拭いてくれるけど
それでも出ちゃうんだよ。ゴメンな。


抱いてくれてるのは俺のかーちゃんさ。

こうして色んな場所へ行って
俺に色んな音を聞かせてくれる。


これだけ色んなものを神様に返しても
耳だけは自分に残った唯一のものなんだ。



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ふぅ、芝生は涼しくていいね。


立つことはできるけど、
どうも頭がやられてから

自由に歩きまわる事ができないんだ。

よろよろふらふら、まっすぐ進めない。
そしてすぐ疲れちまう。

だからこうして静かに横になってることが多い。



水も餌も自分で食べるのは出来ないので
かーちゃんが人間に使うような横吸いで与えてくれるし
色んなものをクチまで運んでくれるのを食べてる。


最近は柔らかいムースが好きなんだ。


そうだね。食べる事も、唯一の楽しみ。



俺もこんな事になるとは思わなかったさ。

あの3年半前までは。


…こんな猫の話を聞きたいかい?

うん、わかったよ

良かったら聞いて行ってくれよ。


俺に何が起きたのか。



辛くなる話もあるから、
苦手な人はここから戻ってな。


人のことは好きだよ。

こんなんなっても、まだ好きだ。

だから辛くなってほしくない。


宜しく頼むな。俺との約束だぜ。



トラの飼い主のYさんの話===============================


トラは12年前に生まれました。

丁度その頃、勤めていた会社の倉庫の中に

4~5ヶ月くらいのちいさなトラが
大きな猫と居るのを見たことが有ります。

倉庫は人里離れた山奥にあって
近隣に人も少なく
迷惑をかけることもないだろうし
鼠を取ってくれるだろうから
そのままにしていた記憶があります。

そのうちに大きな猫がいなくなり
いつの間にか倉庫にはトラだけになりました。

倉庫と言っても屋根があるだけのようなもので
猫は自由自在に出入りできていました。

倉庫で働いている何人かの人が
お弁当の余りを与えたり
トラックのドライバーなどが
気まぐれに与えた餌を食べてしのいでいるようでした。

自分の家には猫がいるので
出来れば野良ちゃんには関わりたくなかったのもあって
トラには普段あまり近寄らなかったです。

それに飼わないなら、
あまりなつかせないほうがいい。
野良で人に慣れてないくらいのほうが…

そう思う気持ちもあったのです。


倉庫には色々な人が居て
夜勤も含めて色々な人が働いていました。


その中でAさんと言う方がいて

正直私はあまり好きではありませんでした。

よく性格も知っていて
乱暴な言動や粗野な行動で
人に迷惑をかけたりしていたからです。


そして自分のものじゃない動物には
ものすごく残虐なことをすることがあること。

たとえば狐が寄ってくるからと言って
餌をしかけたワナをかけ

ワナにかかった狐を空気銃で撃ちまくり
苦しんだ狐が自分の足を食いちぎって逃げるまで
執拗に苦しめ抜いたと言うことを

周囲に笑顔で自慢気に話したりしていました。


周囲は結構動物好きが多いので
みんな苦痛な複雑な顔で聞いているのですが
それをわかっていて話すのです。

そしてトラも例に漏れず
Aさんから追い掛け回されていました。

それでもなんとか
Aさんのいる時間には近寄らなかったり
そうやってしのいでいたようでした。

そうしてトラが9歳になった
ある寒い冬の日

雪のせいで鼠や虫は少なく
トラはお腹をすかせていました。

いつもの倉庫から抜けだして
倉庫を管理する人の事務所へ行って
ご飯をもらおう。


そう思っていたのかも知れません。


運の悪い事にトラはそこでAさんと遭遇してしまったのです。


けれどAさんはトラに餌を投げると
そのまま離れてしまいました。


??


それでもありついたご飯です。

喜んで食べ始めたトラは

自分の後ろにAさんが寄ってきている事に
気づくのが遅れてしまったのでした。

まだこの距離なら大丈夫。
掴まれることもない。


気づいたとしてもそう思っていたと思います。


けれど、その瞬間。

トラの顔にスコップが振り下ろされました。
そしておそらく殴る蹴るの暴行も。


ところがどうしたわけか

途中で他の人に仕事で呼ばれたのか
その場をAさんが離れたようで

トラは死ぬまでいじめ抜かれることを
免れました。


けれど、割られた頭で動く事も出来ず
顎も折れ、鼻も粉砕され 目も何も見えず

ただそこで横たわっていたそうです。


それを見つけたBさんが
あまりに哀れだと思って
トラを拾い上げ
使っていない倉庫に隠したそうです。


けれど、Bさんは猫を飼った事もなく
どうしていいのかも解らない。

そして生きれば食べるだろうと水とご飯を与え
そのままそこに置いていたそうです。


全身を殴られ骨は折れ
目も見えない暗闇で

何も嗅ぐ事もできず

痛く痛く不安で

いつまたあの人が自分を見つけるか


何もしてないのに


どうして?どうして自分はこうされたの?


トラの心は
どれだけの絶望を味わったか。


想像するだけで
あまりの事に吐き気がします。


それから一週間


水も餌も無論食べることも出来ない状態でも
それでもトラは生きていました。


けれど、このままでは確実に死んでしまう。
その瀬戸際だったと思います。


トラは最後の力を振り絞って
倉庫を抜け出し、

見えない目と効かない鼻で
必死に這いずって行きました。


そして、倉庫の事務所の前で
倒れたまま動かなくなってしまいました。


それを見つけた事務員さんが
冷たくなったトラを見つけ
生きていたので
事務室の中に入れて温めてくれて


そこで私(Y)を呼んだのでした。


「猫を飼っているなら猫に詳しいだろう。
あまりに無残で可哀想だ。どうにかしてやってくれ」
と。


ひと目で虐待されたと解る怪我で
どこから手をつけていいかわからないほど
トラは小さくなっていました。

保護した時には2キロくらいまで痩せて
いつ亡くなるか解らないくらいでした。

すぐに車で数時間の病院へ連れて行きましたが
安楽死を勧められても不思議じゃなかったと思います。

けれど幸い、隔離された環境で育ったせいか
元々のウイルス感染などが無かったのも幸いして
トラは少しづつ回復していきました。


けれど光を失ってしまった目は戻らず
鼻も軟骨が多い部分なので切開して接続しても
元の状態に戻ることはないだろうと。
顎の骨も変な風にくっついているのはわかるが
脳挫傷などによる後遺症も心配だし
何よりこの呼吸の状態では
麻酔などで昏睡のまま死んでしまうことも考えられる。

現状維持がいまの最善ではないでしょうか。


最初はそう言われてしまいました。


トラは自力では餌を食べることもできません。


鼻も効かない、目も見えないので
餌がどこにあるのかもわからないのです。

口まで運んでやると
じっくりじっくり味わって食べます。


水も顎が割れているので
人間の介護用の横吸いで与えないとなりません。


立つことはできますが
歩くとぶつかったり、バランスが取れずに
ひっくり返ったりすることが多いので
あまり自分からは歩きません。


幸い排尿は促せば支えてやれば
トイレやペットシーツの上にしてくれるので
助かっています。


体温の調節も上手くいかず
暑くなりすぎたり冷えすぎるのもダメなので
夜は抱いて保温したり暑い時は涼しい場所を配慮したり

トラ中心の生活はもう3年になります。



彼だって、好きでこうなったわけじゃない。


引き取ると決めた日から

できるだけのことをしてあげよう。

それが人が彼にしたことの

せめてもの償いではないでしょうか。


この子も私の家族です。


家族のために家族が尽くすのは
当たり前のことだと思います。


トラの他にいる2匹の子は
みんな室内飼いでワクチンも打っています。

ここらは田舎でそんな飼い方をする人は余りいません。


ですが、同じ街にAさんが居る限り
私は怖くて猫を出すことはできません。

つい最近も子猫が不審死していた話を
聞いたばかりです。

狐やカラスだろうという人もいますが
私は人だろうと思っています。


Aさんのみならず
どこにでもそういう人は居るものです。


第2.第3のトラを貴方は作りたいですか?


私は虐待はしていないわ。
だってご飯をあげているもの。


そういう人もいるでしょう

ですが、
餌をあげることで人間への警戒が薄れ
悪意ある人の被害に合いやすくしてしまう。


善意のつもりの餌やりも
また虐待の手助けをしている可能性もあります。


餌を与えるなら飼い主として
最善を猫達に考えてあげて欲しいです。


関わるなら
猫の人生を引き受けるつもりで


そう願います。

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Yさんは仕事をしているので
昼間トラちゃんにつきっきりと言うわけにはいかず
色々我慢させてしまっていることを
しきりに詫びていました。


Yさんはトラちゃんを連れて
二人で帰ってゆきました。


今回は遠く
この帯広まで良い獣医さんを探して
やってきたのです。


トラちゃんは足が上手く使えないので
お耳が痒くても自分でかくことができません。

虫も菌もいないと獣医さんには言われたのだけど
痒がっているのが可哀想でならない。

せめてセカンドオピニオンで
何か打開策を見つけたくて
やってきたと言っていました。

トラちゃんは今日も見えない目を
Yさんに向けているでしょう。



まるで太陽を追いかけるひまわりのように



二人のこれからがどうか平穏でありますように…

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2012-08-22(ひまわりのような猫)


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とらちゃんはその数年後、Yさんの腕の中で

眠るように亡くなりました

Yさんのおうちの子になって5年と4ヶ月と15日の事でした


以下Yさんからのお便りです

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とらが、お星さまになって、早くも、一月が経ちました…

ひまわりの季節も終わりますね…

ひまわりを見るたび、とらの顔が思い出されて、うるうる(泣)

でも、本当は、とらが太陽で、私がひまわりだったのかもしれません

仕事中や、近場の外出以外は、いつも一緒でした

帯広に買い物に行く時も、いつも一緒でした


息子に言われました


オカンは、最高に幸せな、

猫の飼い主だったんだよって


毎日、抱いて寝てましたから
右側を下にして寝て、私のお腹にとらの背中がぴったんこ
とらは私の右腕を枕に
私の左手で、とらのふわふわのお腹をもふもふ
あるいは、とらの肉球をモミモミ…
そのまま、一晩中


とらだからこそ、出来た事でした

このひと月、とらの毛布を抱いて寝てました…
もう、とらの匂いも薄れてしまって…
お洗濯する事にします


とらの想い出は、薄れる事はありませんから


感謝を    Yより

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もうすぐ夏がきます

1匹の猫の思い出は今もひまわりと一緒にあります


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