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時間切れ!倫理 151 文学 森鴎外

 森鴎外は大秀才。幼い頃から受験勉強的な勉強はものすごくできる。東大に入って医者になります。医者といっても普通の医者ではない。陸軍の軍医です。軍医としてどんどん出世して、最終的には陸軍軍医総監という、軍医として最高の地位にまで上り詰めました。
 官僚としては超有能で優秀です。仕事をどんどんこなすことができる。出来すぎるものだから、余技として海外文学を翻訳したり、海外の文学理論を日本に紹介したりする。やがて小説を書くようにもなる。彼の自宅の二階は観潮楼といって、文人たちのサロンとなっています。大逆事件の時には、ここで幸徳秋水の弁護士になった平出修に、社会主義についてレクチャーしています。森鴎外が幸徳秋水のシンパだったとか、社会主義者だったということではなく、平出修が社会主義がなんだかわからなくて困っていたので、教えてあげた。何でも知っている人なのです。
 小説のネタとして、自分の生活・人生を元にした小説を結構書いています。自分の幼い頃の性的な体験とか、ドイツ留学中の恋愛とか。
 鴎外はドイツで恋人ができます。しかし留学期間が終わると、彼女を捨てて日本に帰ってくる。捨てられた彼女が森鴎外を追いかけて、ドイツから日本にまでやってくるという事件が起きる。森家では、親族一同集まって対策を協議する。最終的にはお金を集めて、手切れ金として彼女に渡して、ドイツに追い返しています。このドイツ留学の時の恋愛話を下敷きにしたのが教科書にも載っている『舞姫』という小説です。
 また自分の二度目の妻と母親、この嫁姑問題も小説の題材にしました。普通に考えると、あまり他人には知られたくないことを自己暴露している。
 小説家としては「あり」かもしれないけれど、帝国陸軍軍医としては「問題あり」と思う人もいたでしょう。たぶん、こういう小説家としての行いが原因となって、一時期左遷されたりもしています(小倉連隊勤務)。しかし、そういう中でも小説を書き続けました。
 これが倫理の教科書として表現すると、「自己の内面的欲求と社会的責務との葛藤に苦悩」ということになる。簡単に言えば、「小説を書きたいけれども、軍人としても出世したいな」と。そういう葛藤です。
 最終的には開き直る。自己の使命や責務を冷静に引き受ける「レジグナチオン(諦め)」の境地へ。周りから非難されても、やりたいようにやりました、ということだね。

*「死の床で、内務省や陸軍の賞典はなにもいらない「石見人森林太郎」として葬ってくれと告げる」(加藤周一『日本文学史序説 下』1991、ちくま学芸文庫)

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