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宝塚観劇記 月組 『今夜、ロマンス劇場で』

「君は傑作だから作品を作るのかい?」
いいえ、でもこれは傑作ですよ。

 脚本・演出/小柳 奈穂子

 月城かなとと海乃美月のお披露目公演。東京の花組が休演が続く中で、とにかく今まで上演が続いたことがありがたい。

 「ダルレークの恋」でも思ったけれど、この二人のコンビはちょっと大人の雰囲気で、お似合いだとおもう。いままでも散々コンビ組んできたから相性もよいのだろう。

 トップ娘役はトップスターとの相性で選ばれる。だから、入団早々で抜擢されることも多い。それが悪いというわけではないが、海乃美月さんのように、大きな役を与えられ続けたベテランっぽい(?)人がトップに就任するのは、努力が報われる感じがあってよい。雪組の朝月希和さんもそのタイプだな。退団した仙名彩世さんも。5組あるんだから、2組くらいはそういう人が娘役トップになっていることが、娘役さんの励みになるのではないかと思ったりする。

 『今夜、ロマンス劇場で』は、映画の舞台化。映画は昔見た。スクリーンから登場人物が飛び出してきて、「カイロの紫のバラ」?と思っていると、そんなこともなく想定どおりに物語が展開、という映画でした。

 これを舞台化してどうなるの?という興味はあったが、あまり期待していたわけではなかった。それよりも新トップコンビのお披露目という方に関心があった。

 ところが、完全にやられた。最後には涙が出てきてしまった。

 ここから先は、ネタバレです。

 「永遠の愛」というのは心そそるテーマだ。しかし、「永遠の愛」は逆説的だが「一瞬で終わる愛」と相性が良い。そのほうが表現しやすいのだろう。だから、「難病もの」の恋愛映画が量産される。もしくはそのバリエーション。パラレルワールドの恋人との数週間限定の逢瀬(『僕は明日、昨日の君とデートする』)とか。愛の最高潮で、二人の関係が断ち切られるから永遠になる。

 で、『ロマンス劇場』もそのバリエーションのひとつ。

 映画の画面から抜け出してきた美雪は勝手気ままに振る舞い、健司に迷惑をかけまくるという形で、最初は喜劇的な騒動が続く。

 ところが、実は美雪は現実世界に存在することと引き換えに、けっして人と触れ合うことができないという代償を払っている。触れると消滅する(難病のバリエーション)。触れ合えなければ、健司を幸せにできないと考えて、美雪は映画の世界に帰ろうとするのだが、「それでも君と一緒にいたい」という健司の思いに応えて、現実世界にとどまる。

 ここで一旦クライマックスを迎えるのだが、じつはここからがこの芝居の本編。ここまでは、長い長い前振り。

 このあと数十年の時間が経過する。斜陽の映画産業。健司が働く映画会社は倒産し、健司は監督なる夢は叶わず、(場末感ただよう)映画館ロマンス劇場で働くようになり、そのロマンス劇場も閉館を迎える。しかしこの間、舞台上に美雪と健司の二人の姿は登場しない。

 観客は、愛し合いながらも決して互いに触れることのできない二人の長い人生に思いを馳せる。一緒に暮らしながらも、二人は引き離されているのだ。これは幸福なのか、不幸なのか。観客の気持ちは宙吊りのまま、終局に向かう。

 そして、ターミナルケアを受ける年老いた健司がこの世に別れを告げる直前に、永遠に若い姿のままの美雪(このときのドレスが鮮やかなので、ベッドに横たわる健司との対比が際立つ演出)が登場し、自分の消滅を承知で、初めて健司の手を握る。初めて触れ合う。(この時、2000人の観客の視線が二人の”手”という一点に集中している。舞台上の二人はどんな感じなのだろう)

 ここで初めて二人の愛が成就する=二人の死。涙腺決壊。ね、一瞬で終わる愛でしょ。

 ためにためて、ここにもってくる演出と、月組生の演技に拍手を送ります。

 最後に、映画の舞踏会の映像が映され、それがそのまま違和感なく舞台上の生身の人間につながる演出は素晴らしい。あの世(フィルムの世界)で、健司(月城)、美雪(海乃)のふたりがダンスして幕は降りる。

 余韻の残る芝居。しかも我が心に美雪ロスが発生した。映画では、こんな気持にはならなかったのでした。

 それはさておき、舞台ならではの楽しさというのが、『ロマンス劇場』にはあって、たとえば、鳳月杏の俊藤龍之介。映画でこういう役は浮いてしまいがちなのだが、舞台だとすごく楽しい。また出てこないかなと期待している自分がいる。演じている鳳月杏さんも、楽しいんじゃないかな。しかも重要なセリフが集中しているのだ。「来世でまた逢おう」はこのエンディングを先取りしているのだった。

 大蛇丸の従者も、何をやっているのかよくわからないのだけど、会場を湧かせる。狸吉、虎衛門、鳩三郎もいい。鳩三郎にいたっては、人間のセリフがないのに一番ウケていた。こんなふうに脇役が光っている舞台は、成功している舞台だと思います。

 このような素晴らしい舞台でスタートを飾ることができた新トップコンビにお祝い申し上げます。


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