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{ 26: 火葬 }

{ 第1話 , 前回: 第25話 }

声が聞こえた。どこかで聞いたことのある声だと春樹は思った。

「おい、きさま! カソーヤ! フタを開けたまま焼けないとは、いったいどういうことだ?」

耳元で怒鳴どなられているようだけど、春樹の意識がはっきりしないせいで、遠くの洞穴ほらあなで鳴っている声を聞いているようでもあった。

次に、カソーヤと呼ばれた男の声もきこえた。怒鳴どなり散らす男におびえていて、こちらはかべしに声を聞いているようだった。

「ム、ムチャを言わないでくださいまし……フタをあけたままですと、火力が出ませぬゆえ……余分に時間がかかる上に、骨まで焼き切ることもなかなか……」

「それがどうした? おれは、この罪人が焼かれてさけぶ様を見たいのだ」

「そ、そ、そのことなのですが……」
 カソーヤはおずおずとたずねた。
「この者がいったいどのような罪を? ワタシめには、ただの子どもにしか見えませぬが……」

「それを知ってどうする? まさかこのおれに意見をするのか?」

「いえ! 戦士様の決定に物申すことなど何も……おそおおいことでございます。ただ、いかな罪人であろうとも、死の際には情けをかけるのが手前どもの慣わしゆえ……具体的には、まず薬物を体内に注入して、安らかなねむりを。次に体を清め、綿の衣にその身を包み、そういった然る処置をした上で、火にかけとうございます。生きたまま焼却しょうきゃくなど、いかにもむごたらしい……」

「こいつはおれたちのカタキだ! 薬で楽にするなど生ぬるい!」

「ひ、ひぃ……!」

男が一喝いっかつし、カソーヤは悲鳴のようなうめきを上げた。

「ふん、相変わらずなさけないヤツだ。これしきのことで……」
 男は言った。
「だが、まぁいい……フタをしようが、しまいが、苦しんで死ぬことにかわりない。それで、こいつを処理するのにかかる時間はどれくらいなんだ?」

「ほどよくあぶらものっているので、十三時間ほどかと」

「なに? そんなにかかるのか?」

「なにぶん、手前どもの施設しせつ、オンボロなものでして……」
 カソーヤは言った。
「最大火力へ到達とうたつするのにさえ三時間も要する始末で、何を焼くにしても余分に時間が……そのくせ、真夏ともなると、この部屋は地獄じごくすら生ぬるいほどの温度に達します。手前どもが、ほのおとなりで丸一日働きとおしたところで、日に三体の遺体を焼くのが限度でございます」

「ならば施設しせつを新しくしておけばよかろう。このなまけ者めが!」

「お、お、おそれながら、それも予算次第でございまして……」
 カソーヤは言った。
「もしも、次の議会で、戦士様みずから予算案を提起していただけるなら、手前どもとしても、たいへんありがたく……」

「はっ! このおれにアルジ様へ意見具申をしろと? 貴様らの職場改善ために? バカな。ん……おい、スイレイ、いったいどこにいく?」

あいも変わらず意識は混濁こんだくし、ずっと遠くの場所の会話を聞いているようだったけれど、唐突とうとつにスイレイの名前が聞こえたので、春樹のまゆがピクリと反応した。

スイレイが、ここにいるだって? なぜ? いや、それよりも、ここはどこなんだ? どうして体が動かない? さっきから焼くだのなんだのと言っているけど、いったい何のことだ? 

春樹は目をあけて、体を起こしたかったけど、そのどちらもかなわなかった。しばられたみたいに体は動かないし、マブタだって金具で固定されたような有様だった。まるで、体中から神経をかれたみたいだった。

「待て、スイレイ!」
 男が声をあげた。

「くだらぬ話に付き合うほど私はヒマでないんでな」

こんどは、知っている者の声だった。スイレイ……あのきつね面の女のだ。

火葬かそうのフタを閉めようが開けようが、どうだっていい。私は先に帰らせてもらうぞ」

「待てと言っている! おまえには、この者の処刑しょけいに立ち会う義務がある」

「だからといって、くだらぬ話に付き合う義務はない」
 スイレイは言った。
「それに最初から最後まで立ち会う気だってない」

「なんだと? 貴様、アルジ様の命令をなんだと思っている?」

「最優先事項じこうだと思っている」
 スイレイは言った。
「だが、おまえに警告しておく。その者の血は、私たち戦士にとって毒そのものだ。たったの一てきでも体内に取り入れようものなら、十三時間どころか、一瞬いっしゅんで灰になるのは私たちの方だ。まさに劇毒の中の劇毒。その者を焼いたけむりや灰を戦士が吸った場合、どうなるのか私にはわからない……もし自分の体で試しも良いのなら、この部屋で立ち会えばいいさ。のフタをたまに開け、中の様子を確かめたっていい」

しばらくの間、だれの声も聞こえなかった。開いた口がふさがらず、男がその場でワナワナとふるえている姿を春樹は想像した。

「おい、カソーヤ」
 スイレイが続けた。

「へ、へい?」

「今すぐに火を入れろ。十三時間後、私はこの場にもどってくる。それまでに仕事を終わらせておけ。いいな?」

「へ、へい!」

カソーヤがきっぷよく返事をすると、とびらを開ける音と、その場から出ていく足音とが聞こえた。

「ちっ、スイレイめ……勝手に話をすすめやがって」

やがてその足音が聞こえなくなると、男は舌打ちをした。

「だがあいつの言うとおりだ……おい、カソーヤ、さっさと燃やしておけよ。おれもいったん出ていくが、その間、この部屋にはだれも入れるなよ。いや、もっとはっきり言っておくか。他のことはいっさいせず、この仕事に専念しろ」

「しかし、本日はまだ、他に燃やすモノが……この子に加えて、あと二体ほどありまして……」

「だまれ! この罪人の処分が最優先だ。おまえの時間も労力も燃料も、すべてこいつの火葬かそうに費やすんだ。いいな?」

「へ、へい! では、今すぐに!」

ガンッ、ガシャンッという大きな音が聞こえた。重たい金属のフタを閉めた音だった。さらにもう一度、ガシャン、という音が聞こえたかと思うと、ブォォン、といううなり声にも聞こえる不吉ふきつな音がひびいた。

間もなくして春樹は目覚めた。あたりは真っ暗で、なにも見えなかった。

「カソーヤ……」

春樹は、いまだボンヤリする頭で、さきほどの会話に思いをめぐらせた。なにやらはなんでいた三名のうち、気弱そうな男はこう呼ばれていた。カソーヤ、と。

「かそうや……火葬かそう屋……?」

やっと目がさめたというのに、春樹の体は動かなかった。はじめはしばられているのかと思ったけど、そうではないようだ。体をしばりつける器具やなわのようなものはなかった。

春樹は、まもなくして自分が金縛かなしばりにあっているのに気がついた。意識はすでに半分ほど覚醒かくせいしているのに、さりとて覚醒かくせいしきれず、体がいうことを聞いてくれないあの状況じょうきょうだ。悪夢をみているとき、春樹がしょっちゅうさいなまれるあの症状しょうじょうだ。

金縛かなしばりだって? よりにもよって、こんな時に? うそだろ! 

うごけ! うごけ! と春樹は思った。あいつら、ぼくを焼き殺すと言っていたぞ? いますぐげないと、ぼく火葬かそうされてしまうんだ! あの悪夢の所業のように……穴の底で家族ごとはらわれたあの少年と同じような目にあうのか? 他にどんな死に方をしようとかまわないけど、あれだけは絶対にゴメンだ。それなのに、体が動かないだなんて。うごけ! うごけ! たのむから動いてくれ! 動かないと死ぬんだぞ! 

うごけ!

春樹はさけんだ。それから大きく息をんだ。二日ぶりに海上に出て呼吸したクジラのように、長くたっぷりと。

肺にたらふく空気をむと、つぎは息を止めた。心臓が胸を打った。頭と身体の隅々すみずみに血がいきわたり、やっとスイッチが入った気がした。もしも体内に伝熱回路とモーターがあるのなら、この火葬かそうと同じようにブォォンという起動音が体から聞こえただろう。春樹の意識は、ついに覚醒かくせいした。

声は出たぞ。なら、体はどうだ? 春樹は、ためしに左手をにぎってみた。目覚めたばかりでほとんど力が入らず、せいぜいあかぼうの手くらいに丸まっただけだ。それでも、体が動いたのにちがいはなかった。

「よし、いけるぞ」

火葬かそうのブオーンという音もはっきりと聞こえ出した。オーブンで肉を焼くときに聞こえるあの音だ。

春樹は、体を起こした。そのとたん、額に何かがぶつかって、またたおれてしまった。頭が、木の板に激突げきとつしたようだ。寝転ねころんだままあたりを探ってみれば、体の両側にも木の板があった。頭上をさぐっても、足元を動かしてもそれはおなじだった。どうやら、春樹は箱のようなモノの中に……いや……認めがたい事実ではあるけれど、ハッキリ言ってしまおう……春樹は、棺桶かんおけの中にめれているのだ。

「ちくしょう! ぼくはまだ生きてるぞ!」
 春樹は、木の板をバンバンたたいた。
 でも、そんなことでフタが開くほどあまくはなかった。
「あけよ、ちくしょう!」

今度は足でフタをけとばした。それでもびくともしないので、次に無理やりフタをげてみた。すると、メリメリと音がした。あまり頑丈がんじょう棺桶かんおけではないようだ。素材はせいぜいベニヤ板くらいのものだったし、フタだって数本のくぎで打ち付けた程度だ。これならいけそうだ。万力をこめて両手両足でフタをげると、ベリッという音とともにフタががれ、ついには棺桶かんおけが開いた。

急いでフタをどけると、今度こそ春樹は体を起こした。とたんに額が何かにぶつかって、棺桶かんおけの中に再びたおれこんだ。今度は激痛だった。棺桶かんおけのすぐうえに、石かコンクリートのような天井てんじょうがあった。そうか、ぼく火葬かそうの中にいるんだった! 

あたりは真っ暗だった。火はまだ点いていないとホッとしたのもつかの間、足元で何かが真っ赤にかがやいているのが見えた。この火葬かそうがあと何分で燃え盛るのか、春樹のあずかり知るところではないけれど、火が灯ったのはまちがいなかった……

春樹は、体がかべにこすれるのに構わず、うすっぺらな棺桶かんおけの中からした。ゆかにドスンと落ちると、灰が巻き上がって思い切りむせ返った。ひどいにおいだった。焼けた骨のにおいがするのは当然として、つめかみをライターで焼いた時と同じにおいがあたりに充満じゅうまんしていた。石のゆかはヒンヤリとしているけれど、これからここがオーブンのようになると思うと、胃の中身を内蔵ごとしそうだった。心臓が、空襲くうしゅう警報のように早鐘はやがねを打っていた。

春樹はいずって、火葬かそうの出口に寄った。だけどすぐにかべにぶつかった。いや、かべじゃない。フタだ。それもとびきり重たいフタ……を密閉する金属のフタだった。

「開けてくれ!」
 春樹はそべったまま思い切りフタをたたいた。
「たのむ! 助けてくれ!」

何の反応もなかった。外からは何も聞こえず、の中ではブォォォンという大きな音が変わらず鳴っている。ふいに足元が熱くなったような気がした。もしかして、ぼくの足が焼けだしたのか? 人体の焼けたにおいがしたようできそうだ。

「お願いします! 開けてください! なんでもしますから!」

もはやなりふりなんてかまっていられなかった。春樹は泣けさけびながら金属のフタをたたいた。たたいたところでびくともしないので、しまいにはつめを立ててフタをいた。

「いやだ! こんな死に方はいやだ!」

そのとき、何かが手にぶつかった。いったい何だと顔を上げたら、金属の取っ手のようなものがフタに付いていた。あまりにあわてていたものだから、すぐ目の前にあったのに全く気づかなかった。

「と、取っ手……なのか? 中からでもフタを開けられるのか?」

それがなんだろうと、どうでもよかった。たのみのつななんて他にないのだから。春樹は、それを思い切り引っ張ってみた。火葬かそうに光が差しこんだ。春樹は体重をかけて、フタを引きずり下ろした。

フタは重く、途中とちゅうでつっかえた。春樹が死ぬ思いでげても、最初に動いた以上にはなかなか開かない。

「あけ、あけ、あけよっ! このクソブタ!」

呼吸すら忘れて、フタを引きずり降ろそうとした。「呼吸を忘れた」というよりも、むしろ過呼吸を起こしたようで、しまいに苦しくなった。フタは動かない。頭がクラクラする。心臓が胸の中で何度も爆発ばくはつしていた。血液の代わりに恐怖きょうふと悪寒が体中をかけめぐった。

ガコン、と音が鳴った。

光がさらにんだ。フタが半分ほどあいて、やっと自分の頭が入るくらいの隙間すきまになった。春樹は、そこに体をすべりこませた。途中とちゅう、大きくふくれたお腹がフタに引っかかったけど、それでもムリヤリすと、五十センチほど下にあったゆか墜落ついらくした。

「で、出れた!」

頭から落ちたせいで後頭部に激痛が走ったけど、あまり気にならなかった。そんなことよりも、たったいま湖の底からのぼってきたように息をまなければならなかった。それから、灰だらけになった体を丸めて、春樹は泣き出した。両手の指を見ると、あわせて三枚もつめがはがれていた。


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