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牛角の期間限定女性割引からみる性差別問題

牛角の女性半額キャンペーンの内容

2024年8月30日、株式会社レインズインターナショナルが、運営する牛角において9月2日から12日までの11日間限定で女性の食べ放題が半額となるキャンペーンを知らせるプレスリリース(「焼肉デートで牛角を選べば1,960円お得 期間限定「女性半額」食べ放題」)を発表しました。

株式会社レインズインターナショナル プレスリリース 2024.8.30 p.1
https://www.gyukaku.ne.jp/pdf/release_20240830.pdf
株式会社レインズインターナショナル プレスリリース 2024.8.30 p.2
https://www.gyukaku.ne.jp/pdf/release_20240830.pdf

プレスリリースに記載の通り、本キャンペーンは9月7日に開催されたTOKYO GIRLS COLLECTIONへの出展を記念して、牛角の食べ放題において「女性は男性に比べ、食べ放題での注文量が肉4皿分少ない」というデータから、新規顧客開拓のために打った期間限定の女性向けキャンペーンです。

なおTOKYO GIRLS COLLECTIONは「日本のガールズカルチャーを世界へ」をテーマに、2005年から年2回開催している史上最大級のファッションイベントです。そもそも女性向けであるこのイベントに関連するキャンペーンであれば、対象も女性のみとなるのは自然なことと思います。

しかしこのリリースに関して、「男性差別だ」という反応がX(Twitter)上で散見されました。中には「これが許されるなら医学部における女性差別も許される」など、論点のずれた反応も散見されました。

また、モテる/モテないという、これまた性差別とは論点のずれた議論も引き起りました。これは恐らく、女性半額の活用例として、女子会ではなくデートを打ち出したことが影響しているのではないかと思います。牛角側の意図はわかりませんが、男性にとってもお得であることを打ち出したかったのではないかと推測されます。

いずれにせよ、「差別」という言葉が誤って使用されていたり、何が差別になるか・ならないかに関する理解が不足していると思われる意見が多く観測されました。不毛な議論を続けないためにも、差別とは何かに関する解説が必要なのではないかと感じましたので、ここに解説します。

差別とは何か

差別とは、人種、肌の色、性別、性的指向、年齢、身体/精神の障害、婚姻状況、家庭/介護負担、妊娠、宗教、政治的意見、血統、出身地等の特性を理由に不利益取扱いを行うことです。

不利益取り扱いとは、採用を拒否する、入店を拒否したりサービスの利用を断る、特性を理由に試験の得点を減点する、特性を理由に昇格対象から外す、などを指します。

日本には差別を禁止する包括的な法律がない

まず大前提として、公民権法によって人種差別や性差別が禁止されている米国などと異なり、日本には差別自体を禁止する包括的な法律が存在しません

もちろん憲法第14条には「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」と記載があるものの、憲法違反となるのはあくまで法律・命令・規則・行政処分であり、国民が直接処罰されるものではありません(ただし、民法上の不法行為に問われる可能性はあります)。

性差別についても、男女雇用機会均等法において労働場面の一部では禁止されていますが、日常的な性差別を禁止する法律はありません。よって、企業が顧客向けに性別を限定したキャンペーンを行っても、日本では直ちに法令違反とはなるわけではないという現状があります。そのため、本稿においても、主に学術的な観点から差別とは何かを解説したいと思います。

性差別とは

性差別になる場合

2018年に医学部受験において、女性の受験生の得点が女性であるという理由だけで、一律に減点されていたことが発覚しました。例えば聖マリアンナ医科大学では、2018年入試で女性の受験生の出願書類の得点が男性受験生よりも一律で80点低かったことが、第三者委員会の調査で明らかになっています。受験生は多様であり得点には当然バラツキがあるため、女性の受験生全員の得点が偶然にも男性より80点低いことは理論上ありえません。

https://mainichi.jp/articles/20201013/k00/00m/040/109000c

このように、複数の大学医学部受験において、性別で女性だけが一方的に不利になる得点操作が行われていたことが、文科省の調査で判明しました。女性であるという理由だけで得点を減点されること、不合格にされることは合理的理由のない不利益取扱いであり、疑いようもない性差別です。

例え何かしらのデータに基づいていても、事前に告知もなく、性別を理由に受験生の得点を一律に減点するのは差別です。例えばもし「強盗・傷害・恐喝・暴行の犯罪者の9割が男性である」というデータに基いて、犯罪リスクが高いことを理由に医学部を受験した男性受験生の得点を一律で減点していたり、「男性の自閉症スペクトラム症(いわゆる発達障害)の有病率は女性の約4倍」というデータに基づいて、患者とうまくコミュニケーションが取れないだろうからと男性受験生の得点を一律に減点したとすれば、それは紛れもなく男性差別であり、決して許されない行為です。

いくら根拠がありそうに見えても、そして根拠となるデータが正しくても、特定の属性であることを理由に減点するのは差別であり不当行為なのです。特に医学部の女性差別の場合は、公表せずに特定の属性を理由に減点しており、特に悪質な行為です。

医学部における女性差別も許される」と発言することは、このように「特定の属性を秘密裏に不利益に取り扱う」という不当行為・不正行為を肯定する行為であり、いかに不誠実で間違った発言であることを理解してほしいと思います。性差別は、女性に対しても男性に対しても決してやってはいけない行為なのです。

後述しますが、事前に公表されていれば不当行為でない場合もあります。現に医学部には「地域枠」というのがあります。卒後その地域で勤務する約束をすれば、受験生の中で優先的に入学できる枠です。事前に公表されていれば優遇枠は問題ないとされる場合もありますが、事前公表されておらず、大学所在地に勤務を希望しないであろう地域出身者を一律減点していたら、それは「差別」であり不当行為です。

大学受験は無料ではありません。一つの大学あたり数万円の受験料の支払いが必要なので、優遇条件が事前公表されていなければ受験生が不利益を被ります。公表されていれば、それにより受験先を選べます。例えば、医大が外科志望者を優先的に確保したいなら「外科枠」を作るのは許容されると思います。得点操作していなければ、結果的にその枠に男性が多くても問題にならないでしょう。

なお下記の記事にある通り、女性の受験生の得点操作をやめるよう文科省が指導したところ、現在は医学部受験全体で女性の合格率が男性を上回るようになりました。このことからも、文科省から不正を指摘された大学以外においても、元々試験の得点は女性受験生の方が高かったのにも関わらず、不正に男性受験生の方が高くなるように操作されていた(一部の男性に下駄が履かされていた)ことが伺えます。

医学部入試の女性差別、文科省汚職きっかけで発覚…昨年度の合格率は男性を逆転

文部科学省の私大支援事業を巡る汚職事件で、受託収賄罪に問われた同省元科学技術・学術政策局長の佐野太被告(62)に対し、東京地裁は20日、懲役2年6月、執行猶予5年(求刑・懲役2年6月)の有罪判決を言い渡した。

今回の事件をきっかけに、東京医科大を含む10大学の医学部で女性受験生らを不利に扱う不正入試問題が発覚。入試の実施要項に差別を禁止するルールを設けるなどの対策が講じられた。昨年度の合格率では女性が男性を上回っており、「差別」の是正が進みつつある。

東京医科大での不正が発覚した2018年8月、文部科学省は医学部がある全国の大学に緊急調査を実施。東京医科大を含め順天堂大や日本大など9大学で女子差別や年齢差別などの不適切な入試が確認された。聖マリアンナ医科大も「その可能性が高い」と判断され、問題の指摘された私大への私学助成金はいずれもカットされた。

同省は19年6月、「大学入学者選抜実施要項」を見直し、差別を禁止する具体的なルールを設定。各大学では受験生の名前や性別、年齢を伏せて合否を決めたり、女性面接官を増やしたりする対策がとられた。

同省によると、国公私立81大学における21年度の医学部入試での女性の平均合格率は13・60%。男性の13・51%を上回り、データのある13年度以降で初めて男女の合格率が逆転したという。

入試差別を巡る損害賠償請求訴訟では大学側に賠償を命じる判決も出ている。元受験生を支援する佐藤倫子弁護士は「合格率の逆転は医学部入試で『女性差別』が横行していたことの表れだ。二度と同じ問題が起きないよう、継続的なチェックが求められる」と話す。

読売新聞オンライン 2022/07/20 23:26
https://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/kyoiku/news/20220720-OYT1T50269/


男女で取り扱いに差をつけても差別に該当しないケース

性別だけを理由として取り扱いに差をつけるのは基本的に性差別に該当しますが、例外もあります。それは、生物学的性差に基づく場合(男女別の試合開催、取扱可能な重量の男女差)、性被害等防止を目的とした場合(男女別トイレ、女性専用スペース)、アファーマティブアクション(障害者枠/女子枠)等の合理的理由がある場合。これらは、不利益または格差解消のための措置であるため、差別に該当しないとされています。

アファーマティブアクション(ポジティブ・アクション)とは、社会的・構造的な差別によって不利益を被っている者に対して、一定の範囲で特別の機会を提供することなどにより、実質的な機会均等を実現することを目的として講じる暫定的な措置のことです。


構造的差別

構造的差別とは、医学部において女性受験者の得点を不正に低くする、というような直接的な差別ではなく、特定の属性(マイノリティ)に不利に働く制度的慣行や政策を意味します (Corrigan, Markowitz, and Watson, 2004)。

例えば、長期出張や夜間の接待があるために乳幼児を子育て中の従業員が活躍できない、男性上司が同性である男性部下だけを飲みに連れていくため女性の部下は上司との意思疎通がうまく取れない結果、上司側が女性部下を高く評価しない、などの状況が構造的差別に該当します。

女性が圧倒的に大多数の職場では、男性の意見が通りにくいというのもありますよね。どの属性の人でも、マイノリティの立場になると構造的差別を受けやすいことがわかっています。

そのため、例えば、構造的差別により男性がマイノリティ(少数派)となっている領域で男子枠を作ることはアファーマティブアクションとなり、女性差別になりません。同様に、構造的差別により女性が差別を受けていたり弱者であった領域で女子枠を作ることは男性差別になりません

現在実施されている理工系における女子枠も、このアファーマティブアクションに該当します。アファーマティブアクション自体が問題ないことに加え、受験生や就活者に対し事前に周知がされ、それによって受験先や就職活動先を選べるように配慮されています。

また、様々な場面で困難を抱えやすい障害者のための雇用枠を作ることも、健常者差別にはなりません。実際、障害者雇用促進法において、国は企業に対し雇用する労働者の2.5%に相当する障害者を雇用することを義務付けており、障害者枠を国が奨励している状況にあります。


牛角の期間限定女性半額キャンペーンは男性差別なのか

男女で取り扱いの差をつけても差別とならないのは、①生物学的性差に基づく場合(男女別の試合開催、取扱可能な重量の男女差)、②性被害等防止を目的とした場合(男女別トイレ、女性専用スペース)、③アファーマティブアクションである場合、④そのほかの合理的/正当な理由がある場合、でした。

この観点から考えると、今回の牛角のキャンペーンは「女性は男性に比べ、食べ放題での注文量が肉4皿分少ない」というデータ、つまり「男女の食事量の差」という、社会的ではなくデータに基づく①生物学的性差(体格差)に基いた対応であり、なおかつ女性向けイベントの開催に合わせて数日間だけ期間限定で開催するという状況から④そのほかの合理的理由がある場合に該当すると考えられ、男性に恒常的に与える不利益もほとんどないと考えられることから、差別に該当しない可能性が高いのではないかと思います。

同様に、例えば国際男性デーに合わせてどこかのレストランが11日間前後の男性半額キャンペーンを行っても、特に女性への不利益取り扱いには該当せず、女性差別にならない可能性が高いと思います。

ただ、差別になるかならないに関係なく、公平性も大事です。男性を優遇するキャンペーンを打ったなら別の機会に女性を優遇するキャンペーンも打つ、例えば、国際女性デーの際は女性半額キャンペーンを行うなどすれば、より機会の公平さが保たれ利用客からの不満も出にくくなると思います。

性差別には敵対的性差別と慈悲的性差別がある

牛角の期間限定女性半額キャンペーンに関してX上での反応を見ていた時、個人的には、まず思い出したのが旅館やレストランで「女性の分だけ勝手に量を減らして/質を落として提供された」という体験談が以前Xで大量に出ていた時のことでした。

飲食店等で男尊女卑的思考から敢えて女性への提供分の質を落とすのが敵対的性差別(Hostile sexism)だとすると、(今回の牛角の件は異なりますが)女性の方が収入が相対的に低いからという理由で女性価格を恒常的に低く設定するのは(女性への)慈悲的/善意的/好意的性差別(Benevolent sexism)に該当します。

後者は女性に経済的メリットがあるため歓迎する女性もいますが、社会的に対等な扱いをされない、という意味では性差別に該当するとされています。

恋愛場面、求愛場面ではまた異なるかもしれませんが、例えば同じ職位・同じ年齢の同僚同士で行う職場の飲み会で男女に価格差をつける(女性だけ価格を低く設定する)のも、慈悲的性差別に該当する可能性があります。収入も職位も対等な立場でのワリカンの場合は男女関係なく、多く食べたり飲んだ人がその分多く支払うのが最も公平ではないかと思います(食べ放題・飲み放題であれば関係ありませんが)。

企業が特定の層を優遇するキャンペーンは差別になるのか

前述の通り、企業が合理的理由を基に特定の顧客層を獲得するために優遇するキャンペーンを一時的に打ち出すこと自体は、基本的には差別に該当しないと思われます。学割、若者割引、シニア割引、県民割引等もその範囲に入ります。

一時的なキャンペーンであれば、優遇対象外の者を常に不利益に取り扱っているわけではないので、企業活動として正当性が認められる範囲だと推察されるからです。企業にも顧客を選ぶ権利があるので、「優遇対象に選ばれなかったこと」が直ちに「差別」となるわけではありません。

ただ、これが恒常的に行われたり(つまり、特定の属性の人の支払い価格が常に高くなるなど不利益が生じる状況になったり)、合理的理由がないとなると、グレーゾーンとなる可能性があるのではないかと思います。不利益や格差解消のための措置でもなく、合理的理由もなく、その人の属性や特性を理由に不利益取り扱いをすることは差別に該当するからです。

例えば、年間を通して行われているシニア割引についても、日本では若者より高齢者の方が資産が多いことがわかっているので、格差是正措置の意味合いをなさない、つまり高齢者を優遇する合理的理由がないと判断される可能性があります。男女の価格差についても、慈悲的性差別によるものであったり、合理的理由がないものであれば、今後淘汰されて然るべきではと思います。

格差が存在するかは時代によっても変化するので、健常成人の中で価格差をつける場合は慎重に行い、かつ合理的理由を明示する必要がありそうです。

一方で、障害者割引、小児割引に関しては、格差や不利益を是正するための措置であり、健常者や成人に比べ弱者であることは今後も変わらないことから、健常者に対する、あるいは成人に対する差別に該当しないと考えられます。

差別に関する法律

日本には差別を禁止する包括的な法律がなく、特定の場面でのみ一部の差別が禁止されている状況です。ここでは、いくつか法律で禁止となっている差別を紹介します。

労働施策総合推進法及び男女雇用機会均等法

労働施策総合推進法及び男女雇用機会均等法においては、募集・採用時に合理的理由なく年齢や性別に制限を設けることが禁止されています。また、男女雇用機会均等法により、女性労働者のみにお茶くみや掃除をさせることも性差別であり禁止行為となっています。

ヘイトスピーチ解消法

日本はそもそも、差別禁止を進めることにあまり積極的ではありません。差別の中でも最も世界的に早く取り組まれた人種差別に関しても、国連において人種差別撤廃条約採択されたのは1965年、発効は1966年なのに対し、日本が加入したのは1995年と、なんと約30年も後のことです。その後も、国内では未だに人種差別を禁止する法律は制定されていません。

2016年に「ヘイトスピーチ解消法(本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律 [平成28年法律第68号])」が施行されたものの、この解消法においても、本邦外出身者に対する不当な差別的言動は許されないと宣言しているのみで、罰則規定はありません(ただし川崎市のように、条例によって罰則を定めている自治体もあります)。

なおヘイトスピーチとは、「〇〇人は出ていけ」「祖国に帰れ」など、特定の国の出身者であること又はその子孫であることのみを理由に、デモやインターネット上で、日本社会から追い出そうとしたり危害を加えようとしたりするなどの一方的な内容の言動のことです。

障害者差別解消法

2016年からは、障害者差別解消法により、障害者に対し合理的理由なくサービスの提供自体を断ること(入店拒否等)の不当な差別的取り扱いが禁止されました。また、2024年4月からは、行政機関等だけでなく事業者においても、合理的配慮の提供が義務化されました。

おわりに

人種、肌の色、性別、性的指向、年齢、身体/精神の障害、婚姻状況、家庭/介護負担、妊娠、宗教、政治的意見、血統、出身地等の特性を理由に不利益取扱いを行うことは差別です。ただし、合理的理由や正当な理由がある場合に限り、例外として差別でないと認められています。

理工系における女子枠においても、現在は格差是正の意義があるため男性差別になりませんが、今後女性割合が一定数を超えれば格差是正の必要性がなくなるため、その段階で淘汰される(廃止される)と思われます。

今回の牛角の件をきっかけに、男女でいがみ合うのではなく、差別とは何かに関する理解が深まることで、一方の属性だけに不利な環境ではなくお互いに尊重しあえる環境の実現を話し合える社会になることを願います。

差別に関する理解を深めるためには、下記の本もおすすめです。


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