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【4-0719】ついにトースターを買った話

【このnoteを開いてくださった貴方へ】

こんばんは、要小飴と申します。

関西にある遊気舎という劇団の末席に身を置き、演劇に勤しんでいる者です。平日昼間は保育園の先生をしています。

このnoteは、そんな私が日々の所感を記録しながら、自分の思考を再確認したり、自分なりの表現を探したりする、そんなものにしたいと思っています。

ついにトースターを買った。Amazonのプライムデーにかこつけて。

4年前、すでに一度トースターを買おうかなと思案していたにもかかわらず、結局買わずにここまできて、ようやく今日、我が家にトースターがやってきたのだ。本当に時は来た、という感じ。

というのも、最近よく書いている、「7月になって憑き物が落ちた」という話に繋がってしまうのだが、最近知人から「朝ご飯は大事」という話をされたときに、素直に「そうやな」と思えたのだ。その素直さには自分でも驚くほどだった。

これまで、たくさんの人にそう言われたし、その知人にも何度か言われていたし、自分でもnoteに書くなどしていたのだけれど、結局、本当に気合いが入っている日しか朝食をとることをしてこなかった。朝は胃が萎んでいる感じがあって、食べたいともあまり思わない生活だったのだ。だから、誰に「朝ご飯食べたほうがいいよ」と言われても、自分で「朝ご飯食べたほうがいいんだろうな」と思っても、結局「食べよう」とまで思えないでいた。

ところが、憑き物が落ちた私は、知人の朝ご飯話を聞いて「よし、私も食べよう」と思った。今年度から保育園の正職員になった私。シフト制のため出勤時間が4パターンあるのだけれど、何となく怖くて基本的にすべて同じ時間にアラームが鳴るようにしている。つまり、遅いシフトの日でも、一番早いシフトと同じ時間に一度は目を覚ますようにしているのだ。だから、毎朝結構な時間の余裕は作れていて、その時間をぼんやり、ゆっくり過ごしている。これはこれで、時間に追われずに「よし行こう」と思って出発できるので、精神衛生上とても良いのだけれど、このぼんやりの間に朝ご飯を食べられることに気付いてしまった。今までどうして気付かなかったのだろう。

「朝ご飯を食べよう」と思って、はじめに浮かんだのはやはり「それならトーストが食べたい」という思いだった。その思いを持ったのが、偶然にもAmazonプライムデー前日。翌日、私はAmazonのアプリでトースターを検索しまくった。そして今日ようやく、検索しまくりののちに決めたあの子がうちに届いた。別に特別じゃない、お値段がチャーミングな子だ。

今回のことで改めて思ったことは、「どう考えても良いアドバイスなのに、なぜかこれまで通らなかったものも、あるタイミングで水路の詰まりが除かれたように、すっと受け入れられる日がくるかもしれない。」ということだ。

生きていると「絶対そうしたほうがいいんだろうけどな」と思いながら、なかなか行動に移せないという状況って思いの外よくある。頭ではわかっているのだが、というやつだ。わかっていすぎて、それを出来ない(やらない)ことについて、自分を責めてしまうときもあるくらい。

でも、こうやって、何をきっかけにかわからないくらいの突然さで、するっと事態を受け入れて、簡単に動き出せる日がくるのかもしれない。そう思うと、今日明日、みたいな時間軸で自分を縛る必要はないのかもしれない、と思った。

これまでは、前日に炊いたご飯をおにぎりにして置いておいたり、シリアルを食べたりしてきたが、これで朝食にトーストが食べられる。思ったよりも大きな喜びだ。

しかしながら我が家の、そうとは呼べないほどに狭い小さなキッチンスペースには、今のところトースターを置くスペースがない。明日キッチンスペースの配置換えをしようと思っている。



いつも見守ってくださってありがとうございます! これからも表現活動、創作活動に勤しんでまいります。 要🍬 小飴