「鍛冶スキルと採掘スキルで掘り当てたのは人間と世界最強の称号でした」第3話

 ――カンッ!カンッ!

 寂れた鍛冶工房。少年が宝刀の材料の1つ、程よく熱した玉鋼を傷んだ槌で叩いている。彼の頭に過るのは昨日の会話。

「お前、俺と亡命しないか?」

「……看守の方は?」

「今頃夢の中だよ」

 牢屋の窓の前にフードで顔を隠した人物が立つ。

「俺の名前はレッド。お前が大釜才屈だな?」

 顔を隠した人物が、フードを外す。レッドと名乗ったのは青い髪の若い女だった。彼女は悪魔のような笑顔を浮かべながら話を続ける。

「ただ武器を直しただけのお前に、いきなり死刑を宣告するような奴をお前は信じれるか?」

「それは」

 悩んでいた事を見透かされ、驚く少年。

「お前が直したあのナイフ。鑑定結果も同じ名称だった」

「やっぱり!」

(まぁ性能はダンチだったがなぁ)

「本来なら無罪のお前がこんな所にいるのもおかしな話なんだよ」

 まるで演説でもするかのように両手を広げながらレッドは続ける。

「お前がさっき製作を依頼された、あの宝刀の事だってそうだ。何でいきなりあんな事を言い出したか分かるか?」

「分かりません」

「盗まれたんだよ」

「え?」

「聖武祭で展示される大事な大事な宝刀をあいつらは盗まれたんだよ。それで自分の立場の事しか頭にない馬鹿な領主は考えた。とんでもない才能を持つお前を利用して宝刀を作らせようってなぁ」

「……」

「まぁ、俺の今の話を信じるかどうかはお前次第だが、依頼だっていうのに顔も出さずに使いだけを送ってくる奴がどんな人物かぐらいは分かるだろ?」

 レッドは皮肉めいた笑顔を浮かべる。

「あなたの話は分かりました。それであなたの目的は?」

「目的? ただ単に俺はあの領主に恨みがあるんだよ。あと」

「?」

「無実の人間が酷い目に遭うなんて見てられねぇ!助けたいと思うのは人間として当然だろ?」

 少年はレッドが言葉の綺麗さと裏腹の、悪魔のような笑みを浮かべるのを見て、信用しようなどとはとても思えなかった。

「それにどちらにしてもお前の才能はこの国じゃ活かせない。だからさぁ俺と亡命しようぜ?」

「……」

 少年にとってはレッドが何故ここまで色々な話を知ってるのか疑問もあった。しかし、顔も出さず、真実も話そうとしない人間と、目の前にいるこの女性、どちらかしか選べない状況でどっちを信用するかなど、誰にとっても明白だった。

「条件があります」

 ――ガキン!という不快な音で現実に引き戻される。少年が持つ傷んだ槌が壊れていた。工房を見渡し、少年が呟く。

「ここじゃダメだ」



「それで進捗は?」

 豪奢な部屋の一室。恰幅の良い男と、髭を貯えた男が向かい合い話をしている。

「今朝から製作に入りました。ただ」

「ただ?」

「あの工房じゃダメだ。場所さえ広ければ何処でもいいから使わせてくれと騒いでおりまして」

「何処でも?ならあの工房の隣、資材保管の場所を使わせてやれ」

「はっ!畏まりました。それで、ポンチョ様」

「どうした?」

「あの話は本気なのですか?死刑を撤回という」

「そんな訳あるか。出来ようが出来なかろうが、聖武祭でライバルになる可能性があるあいつは死刑だ」

「女の方は?」

「あれは少ししたら釈放してやれ」

「いいのですか?」

「いいも何も、あの女をここでずっと捕まえていた所で面倒な事にしかならんじゃろ。あれでも……」

 そんな2人の会話を、窓の外から聞いている人物がいた。



「あっ、これ口止め料です」

「5分だけだぞ?」

 寂れた鍛冶工房の横、資材を保管する場所に、青みがかった半透明の工房が出来上がっていた。

「うぉ、すげぇ!この建物魔法で作ってんのか?」

 先程までの見張りとの丁寧なやり取りが嘘のように、粗雑な喋り方に変わった青髪の女が工房の中に入ってくる。

「色々と危ないものもあるので怪我しないように気を付けて下さい」

「昨日会ったばかりの俺を心配かぁ?お前馬鹿な奴だなぁ」

「今すぐ不審者がいるって叫びますよ?」

「じょ、冗談だよ」

 信用してないからなのか、銀髪の少女とのやり取りと比べると、少年の青髪への反応は少し冷たかった。

「で、調子はどうだ?」

「今は刀の外側や内側、それぞれに使う玉鋼を選別する為に、槌で砕いてる所です」

「ほーん」

「興味ゼロ!?何で聞いたんですか?」

「楽しそうに見えたから」

「それは……まぁ楽しいですけど」

「昨日の条件聞いた時も思ったけど、やっぱお前馬鹿だよな」

「他の見張りの方ぁぁ!むぐっ……」

 叫ぼうとする少年の口をレッドが慌てて押さえる。

「何するんですか?」

「何してるはこっちの台詞なんだよ。俺が捕まりでもしたら計画が頓挫すんぞ」

「そうなったらそうなったで、作った武器でめちゃくちゃに暴れまわって是が非でも逃げますよ」

「お前度胸あんな」

「俺はこんな所で死ねないので」

 少年は選別した玉鋼たちを乗せる台と、その台を炉の中で固定し持ち手となる棒、両方を赤くなるまで熱し、2つを鎚で叩いて鍛接している。

「それで八釼さんは?」

「あぁ、お前が言ってた嬢ちゃんなら捨てられた子犬みたいだったぜ」

「子犬?」

「酷く落ち込んでたから、懲役10年が効いたんじゃねーか」

「多分違います」

「あ?」

「きっと俺が死刑と宣告された事を気に病んでいるのかと」

「は?お前といいあの嬢ちゃんといい、やっぱり馬鹿じゃねぇか」

「ははっ、俺の方はそうかもですね。状況は最悪ですが、やってる事自体は楽しんでますし」

 少年は楽しそうに笑いながら、先程棒と鍛接した台の上に、選別した玉鋼を組み合わせながら並べていく。

「そういや計画は結局もう1つの方になりそうだ」

「そう……ですか」

「だから言っただろうが。あんな奴等が約束を守るわけないだろ。お前はどっちにしても殺されんだよ」

「八釼さんの事は?」

「……」

 青髪の女は少し悩んだ後、正直に話し始めた。

「嬢ちゃんはどちらにしても釈放されるとよ」

「本当ですか!良かった」

(こいつ……ほんとに)

 その話を聞いて笑顔になる少年を見て、レッドはいつもの悪魔のような笑顔ではない、複雑な表情を浮かべていた。

「決行は明日の早朝だ」

「分かりました」

「お前逃げ出すのにそれ意味あんのか?」

 話を聞いても手を止めずに鍛冶を続ける少年を見て、女が質問する。

「一番は勿論八釼さんの為ですが、まぁ俺なりのケジメみたいな物です。それに……」

「それに?」

「どんな事でも、こんな風に挑戦出来ること自体が楽しいですから」

 その日、寂れた鍛冶工房の横では、刀を鍛える音が夜明けまで続いた。


「ポンチョ様大変です!」

「ふぁ?」

 無駄に豪華絢爛な寝室。飛び込んできた恰幅の良い男に髭の男が起こされる。眠そうな領主を無視して話が続く。

「大釜才屈が逃げ出しました!」

「ふぇ?」



「あやつ宝刀が作れないと分かり、死刑怖さに逃げ出したか」

 寂れた鍛冶工房に繋がる道を歩きながら、寝巻き姿の領主が怒っている。

「このままではワシが宝刀を盗まれた無能領主として裁きを受けることになるではないか!あのクソガキ!」

「あのポンチョ様、それが……」

「何じゃ!」

 怒り狂いながら、鍛冶工房の扉をポンチョが開く。そこには……。

「は?」

 工房の真ん中に刀が一本置かれている。煌びやかな鞘に納められたそれは、まごうことなき宝刀だった。

「盗賊から取り返したのか?」

「いや、それが」

 よく見るとそれには紙が貼り付けられていた。

『ご依頼の品です 大釜才屈』

「な!?あのガキがこれを作ったじゃと?鑑定は?」

「先程出ました。資料に書かれていた性能などを踏まえてもこれは間違いなく」

「龍神の里の宝刀、雷神」

「はい」

「ふざけるな!こんな物を作れる無名の者が聖武祭間際にいきなり現れるじゃと?」

 自分の髭をブチブチと引きちぎりながら領主が吠える。

「もしあれがまだ参加を表明していない町や国にでも肩入れしようものなら我が領内は、いやワシの立場が!」

「クソッ!領内の事など、こうなったらどうでも良い!あいつを探しだしてさっさと殺せ!」

「そうじゃあの女!あの女からあいつが逃げそうな場所を聞き出せば」

 矢継ぎ早に話を続けるポンチョ。

「あの」

「何じゃ?ワシがあの女に手を出せないとでも?無理にでも拘留期間を延ばして居場所を」

「それが……」


ボックスの町 南門

(次に刀を作る時はもっとゆっくり作りたいな)

「おい、お前早く来い」

 小声でレッドが合図する。

「大丈夫なんですか?」

「門番たちは今頃俺が差し入れた麻痺薬入りのお酒で動けねぇよ」

 2人が大門横にある門番用の扉から町の外に出ていく。

「あのレッド……さん?」

「なんだ?」

「仲間らしき人が見当たらないですが、本当に俺が言った条件を守れるんですか?」

「宝刀を作った後に才屈殿が逃げ出して、もし拙者が不利益を被るような事があった場合、拙者の脱出のサポートをする」

「それです!それが一番大事な……って八釼さん!?」

「数日ぶりでござるな才屈殿」

 町の外でその少女は待っていた。


 3人が町から少し離れた所で焚き火を囲んで野営している。

「ふぅー。温かいお茶は最高でござる」

 温めたお茶を飲みながら、八釼が呟く。

「八釼さん本当に良かったんですか?」

「拙者も今回の事は納得しておらんかった。それに死刑を宣告されて尚、拙者の安否を気遣っていると聞けば放っては置けませんよ」

 そう言って少女がレッドの方を見る。青髪の女はそれに笑顔で返した。

「そうでござる!才屈殿、国を出る前に拙者のさと……に?」

 カランと器が落ちる音が響く。

「八釼さん?」

 少女は目を見開いたままその場に倒れ動かない。

「お前ら本当に馬鹿だなぁ」

 少年はその瞬間まで、この人間を信用してもいいかも知れないと思い始めていた。

「彼女に……なに……を」

 少年は何とか八釼を抱えて逃げ出そうとするが、もう遅い。

 彼も少女と同じくその場に倒れ、やがて意識を失う……。

 少年が最後に見たのは、悪魔のような笑みを浮かべる青い髪の女だった。

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