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センスオブワンダーを描きたい

センスオブワンダーを描きたい。
紙とペンで、静かだけど透明な、心うごく世界に触れたい。


だから私は農業をしていたし、自然のそばにいるし、まっさらな世界が始まり、命が輝きだす夜明けや、雪の季節を経て、きらきらとまたたく春が大好きだ。

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加工所建設に失敗してから、3年。
私の中にいる、小さな子どもの私に出会った。
人が離れたり、また出会ったり、大きな失敗をして、失くしてはまた何かを得たり。時間が経ち、たくさんの鎧をはいではいで、はいで、ほこりかぶった心の片隅で、体育座りして縮こまっていたもう一人の子どもの自分を見つけた。


というわけで、今日は先月第三子を出産するまで、いろいろ自分と向き合ってきたことを振り返る。

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自分の心の中にいた、こども。
その子の目を通じて、小さな頃に見た、まっしろな紙の上にぽつんと置かれた言葉から広がる、ワクワクするような創造の世界や、ときに悲しみに寄り添ったり、正直な自分に出会わせてくれる言葉たちとの世界を思い出すようになった。


小説「マザージャーニー」を書いている間、紙とペンから生まれる自分だけのワクワクを思い出し、本当に楽しかった。

特別な自分になりたい私と、ここじゃない世界への渇望

そうやって、小さな頃の感覚すこしずつ思い出してきた。


恥ずかしげもなく言うけれど、
私は、紙の上に乗っかり広がってゆく、自分の言葉が好きだった。
目の前のくだらないと感じる現実とは違う世界を見ることもできた。
夢を描いてワクワクしたり、決意を固めたり、自分の悲しみに寄り添ったり、なりたい自分にもなれた。
だから人に見せる見せない関係なしに、自分の紡ぐ言葉が大好きだったし、自分の言葉をお守りにするときもあった。


創造と現実を行き来することで、現実を前に進めるような感覚。


言葉の力を確信したのは小学生のころ。
「火事になれ」と不注意にも言葉にした日、本当に家が全焼してしまった。原因はコンセントのショートだったが、口にした言葉は現実になると、本気で信じるようになった。

言葉が、誰かの心を動かす喜びを感じたのもその頃。
ノートに描いたマンガ、作った物語、生徒会の演説や答辞に送辞。

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言葉が生む世界と、言葉の力に魅了された。
それなのに私は、大人になるにつれ、妄想したり、創造したり、ワクワクすることから離れていった。


なぜだろう?

「特別」になりたかった私は、いい子になってしまったのかも

思えば、小さい頃から太りやすい外見を指摘されたり、さまざまな挑戦の失敗を笑われたりすることが辛く、特別な自分になりたいといつも思っていた。
なぜかいつも、1番になって褒められたいと思っていた。

「こうあるべき」という外野が押し付けてくる価値観が苦しかった。
外野の声を飛び越えて、誰も口出ししないくらい圧倒的な特別な自分になって、もっと自分を好きになって、自由に生きたいと強く思っていた。

事実、両親からは今までやりたいことを、自由にさせてもらったように思う。
でも私は「自分に正直な選択をしてこなかったこと」に気付いていなかった。


特別な自分になりたいと思っていた私がする選択は、自分が心からやりたいことよりも、他人がしていないこと、受け入れられ評価されやすいもの、すぐ結果が出るもの、求められていること、世の中にとって良さそうなことを選んでしまっていたのだ。中学・高校のガリ勉もその中のひとつ。
やると決めたらとことんやる私。
その結果、自分の心を無視して頑張りすぎて、体調やメンタルを崩す、を繰り返していた。


振り返れば、本当は自分の好きなこと(物語を描く、絵を描く)が、誰かの好きより負けてしまうのが怖かったのかもしれない。そして勉強と違って、すぐ結果や上達が見えないこと、自分の好きが伝わらないことに、こどもながら耐えられなかったのかも。

特別になりたかった私には、好きなことを堂々と続ける勇気がなかった。

また同じ失敗をして、やっと立ち止まる

そして私は大人になった。
大学3年生の時に行った中越地震のボランティアをきっかけに、大学卒業後、豪雪地である新潟県十日町市の山に移住し農業起業した。
広告代理店に就職予定だったのに、突然の展開。決断。
ボランティアで出会った豪雪地で、本質と向き合う農業が生む、潔くしなやかで骨太な価値観と、圧倒的な自然にぐっと惹かれてしまったのだ。

私の人生史上、「自然のそばにいたい」とすなおになった、ターニングポイントだった。


そうして2021年、今年でちょうど10年になった。


学生時代、ここに通いながら、触れた自然を言葉にすることがとても楽しかったなぁ。(当時はアメブロだったー)
https://ameblo.jp/kibousyuraku/archive2-200912.html


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さて、規模もお客様も仲間も増えてきた農業。
自分が心地よいと思う環境で暮らし続けるための、当時の解は「農業」だった。
必死だった。


しかし、3年前の2018年に転機が訪れる。
住民トラブルにより加工所建設が頓挫するという大きな失敗がおきた。
それまでも、すでにいっぱいいっぱいだった。
子育てと仕事を必死に両立しようとするなか、これほどまでに人と真剣に向き合い、ギリギリのところで働き、必死になった時期はなかった。ここで諦めたらまた「どうせ女には農業はできない」「仕事は諦めて子育てに専念すべき」と言われてきた外野の声に屈することになる…と、押し付けられる価値観に抗うように走り続けた。

しかし、結局キャパオーバーとなり、消耗してしまった私は、精神的にも体力的にも参ってしまった。


自然のそばで住み続けるためには「地域のために」「地域に受け入れられるために」頑張らねば、という思いが強すぎて、心と行動のズレによる結末だったとも思う。

また同じ失敗をしてしまった。
がんばればがんばるほど、途中で自分がだめになってしまう。
なぜ?


最近、コーチングの方からこんなことを言われた。

「他人のための努力は、ストレスや毒素を生みやすいですよ。犠牲者の人生をやめて、自分で選択する人生を始めましょうよ」。



なるほど、同じ失敗をしないために、誤魔化さず、向き合うべきものがある。
私が目を背けていたことって、なんだっけ……。

無意識のうちに、無視していた気持ち

夫や、そばにいてくれた女性農家の仲間たち、メンターの人たちと対話したり、メンタルについて学ぶようになった。同じ失敗を繰り返してしまう自分を、もっと理解したい。

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3年かけて、少しずつ自分に対する解像度が上がっていった。

気付いたこと。
それが冒頭の、「今まで、自分に正直な選択をしてこなかったこと」。特別な自分になりたいと思っていた私がする選択は、自分が心からやりたいことよりも、他人がしていないこと、受け入れられ評価されやすいもの、すぐ結果が出るもの、求められていること、世の中にとって良さそうなことを選んでしまっていたこと、だった。


そうして、「こうあるべき」から自由になりたいと思っていたのに、知らず知らずのうちに、他者に依存した自分ルール「こうあらねば/must」を自分に課していた。


痩せてて可愛くあらねば誰からも受け入れられない、
勉強も運動もトップでなければ褒めてもらえない、
という小さな頃からの(誰からも強制されていない)「こうあらねば」「こうしなければ」から始まり、
〇〇をせねば地域から受け入れられない。いつも穏やかでニコニコでありたい。信頼されるように、真面目な農業者であろう。経営者は人格者であらねば。愚痴やネガティブな発言を言わないようにしよう、などなどなど!


それらは本当の望みを叶えるためのmustではなく、好きなことを貫き続ける勇気がなかった私を誤魔化すためのmustだったように思う。


私の心のなかに、小さな子どもの私が住んでいるけれど、
変に他者や空気を読んでしまい、その子の「好き」を曇らせてる感じ。

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「礼儀正しく、献身的で謙虚で、にこやかないい人である(あろうとしている自分)」のはずなのに、人間関係で失敗しやすく、なぜか人が離れていく、という経験をたくさんしてきた。

なぜそうなるのか理解できず、「人間の9割は苦手」「植物は正直で話さないからいい」「私は人見知りでコミュ障でH S P」と思うようになっていたけれど、今なら少し理由が分かる。
私の本当の望みや理想と、今の自分が、現実世界で一致していなかったから。
そして私自身が、私じしんではなかったから。


私を取り戻そう。


嘘つきで、凡人で、負けず嫌いなのに勇気がない、特別で完璧になりたい自分の弱さや毒や劣等感を少しずつ許して、手放していきたい。
弱さとともに生きよう。

そして勇気を出して、すなおになりたい。

そうして、たくさんの鎧をはいではいで、はいで、やっと自分の中に住む、小さな子どもの私が見えた。その子が、ずっと恥ずかしくて言葉にできていなかった思い、見ないふりをして蓋をして埃かぶってしまった思いが、恐る恐る出てきた。


「ホントは自然が心地いい場所で、大好きな本に囲まれて、紙とペンでセンスオブワンダーを形にして、遠くの誰かと繋がりたい」



肩の力を抜いて、夢を叶えたい。


本当は、もっと自由ですなおな自分で、自然が生み出す美しい瞬間やそこから生まれる価値観に触れていたい。そして表現したい。
自然とともに、ワクワクしていたい。

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夜明けが大好きだ。
誰からの味付けも混ざりけもない、キンとして透明な、生まれたばかりの夜明けの空気。地平線の先から少しずつ桃色の光が広がり、絹のような青と混ざり合ってゆく、やわらかい世界。これからあたらしい世界が始まる期待感。
その下で、大きく深呼吸をする。
私の大好きな瞬間。そんな空気感のある言葉から生まれる物語。

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だから、ちょっとだけ実験。


ニックネームを「かなやん」から「詩(うた)」にしてみた。
需要はないけど詩として情景を綴るのが大好きだったあの頃のドキドキやワクワクを忘れないようにするため。
センスオブワンダーを形にして、山から吹く風とともにうたに乗せて届けるため。
多分変わらず自然とかこどもとか農の話が多いと思うけど!(笑)

自分の心の中にいた、小さなこどもの「詩ちゃん」を育ててみたくなった。
そんな心境で、また今日からセンスオブワンダーを描いていくよ。

いただいたサポートは、里山農業からの新しいチャレンジやワクワクするものづくりに投資して、言葉にしてnoteで届けてまいります!よろしくお願いします。