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つくりたいものが形になるとき、こんなに不安で怖くなるんだ【金曜の夜エッセイ】

腰が痛い。


そうだ、産後まだぐらんぐらんの、フワンフワンな骨盤のまま気合いでコンテナを積んできてしまったのが、今になって効いてきてるのか…


無理しないようにと言われても、無理しないやり方が分からないものだ…


移住する前、そして移住したあとも、いろんな呪いの言葉をかけられた。
「女には農業できない」「こんな山地では農業は儲からん」とびっくりするほど言われ続けてきた。この地が気に入って、夢を語る農業の師匠たちを追いかけて「こんな大人になりたい」と思って移住し就農したはずが、チャレンジするってのはこんなに否定されるもんなんだな、と初めて思った。夢を語ってたのは師匠たちだけだった。

他人に自分を勝手に決めつけられることがいやなので、言われれば言われるほど、私もムキになってしまった。
なめんなよと。やってみんと分からんやんと、負けず嫌いを発揮し続けたものの、しかしなるほど、確かに甘くはなかった。甘くはない。甘い世界ではないのだから、さらに必死になった。


そんなとき、何度もよぎった言葉がある。
あれはうだるような暑さの、汗と熱気に溢れた剣道場。
剣道部だった中学生の私、初めての夏休み。過酷な練習、体力の限界に挑んだ日々だった。あまりのキツさに吐く先輩方もいた。そんな毎日が続き、限界の枠が少しずつ1mmずつ広がるような気がした頃、こんな言葉をかけられた。

「この夏を乗り越えたら、もうこの先、これ以上しんどいことはないと思えて、大人になってもやってけるで」と。


まさにそうだった。
就農3年目くらいまでは、ずっとその言葉がこだましていた。「あの時に比べたら、まだマシだ」「まだ全然ダメだから、もっともっと成長したい、もっと何かができるようになりたい、違う自分になりたい」と。私が動かねば、頑張らねば、私を食わせるのは、私しかいない崖っぷちだったから、あのとき以上のしんどいことはないはずやと思い込もうとしてたのかも。


それでも追いつけないことがたくさんあって、打ち返せない玉が増えてきて、移住したばかりは家族も友達もいなくて、気持ちも不安定になることもあった。


ここらへんで、見た目は母ゆずりのふんわり系だが、中身は父ゆずりの短気で気性が激しく、自分にも相手にも厳しいのに、なんでも断れずにいる自分が見え隠れする。

考えが極端なので、何事にも「0か100か」つまり「やらないか、全力でやるか」しか見えてなかった私にとって、50の頑張り方が分からない…
「自分」の操縦が難しい。
「自分」が分からない。
結果、アクセルを踏みすぎて定期的にダウンしていた。

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そして今年また、そんな予感がしていた。
あまり上手に笑えなくなってきた。自分にも他人にも厳しくなって、カリカリしてた。これをピリピリしてるって言うのかな?
物事を先に先に進めておきたい。何かが起きてしまった時の瞬発力や判断力みたいなものが私はまだまだ足りないので、不安になって、転ばぬ先の杖を何本も用意してしまう。

……私、疲れてるのかな?


不安になって夫に言った。


「ずっと作りたいと思ってたものがもうすぐ完成するときって、本当はもっとワクワクしたり、嬉しかったり、楽しみになったりするもんやと思ってたけど、意外と不安とかヤバいとかどうしようって気持ちばっかりで、こんなんで大丈夫なんかとまた不安になる……」

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夫はそんな私をよそに、朗らかだった。


「そうだよ、夢が叶う前は怖いよ。責任が増えるし、そもそもこれから始まるから基本的に忙しいし、やることいっぱいだし」

そうか。そういうもんか……
なんか、籾山さん(干し芋加工でお世話になった農業学園の先生)とか、夫みたいに、いつも平常心でいられるようになりたい……中庸って難しい……


何かが形になるって怖いもんなんやな……
頑張って頑張って、その責任が私の体だけならよかったけど、今は違う。大切にしたい人たちがいて、大切に干し芋を届けたい人たちがいて、一緒に加工所で働くことを楽しみにしてくれてる仲間たちがいて、生産者さんたちがいて、この施設に何千万という融資が入ってて(血の気引く

そして今年は大雪では、という予報が出てて(!)


ドキドキしかない。


その不安とかドキドキとかイライラとかワタワタの打ち消し方や、それを全部飲み込んだ上で、バリバリすごいスピードでやることこなすけど平常心でいられる方法とか、イライラをコミュニケーションにぶつけない方法とか、私はまだ修行不足すぎて、ただただ目の前のことを全力でこなしてく以外に方法が分からない…

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そんな私だけど、一つだけ気づいたことがある。

弊社ウーマンファーマーズジャパンで運営してる、女性農家コミュニティwofa(ウーファ)ラボの研修会があった。みんな集合は7月以来で、今日までみんなもそれぞれの農繁期を乗り越えてきた。

みんな、とても輝いていた。
そして・・・

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あなたはがんばってる、

そのことを分かってくれてる人たちがいること、それだけでこんなに心がほぐれるなんて。


そうだ、だから雪の日舎の干し芋は最初、「雪の日みやげ」で始まったんだ。

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↑当時、自分で作った販売サイト

移住して、農業したばかりの冬、毎日雪が降って気持ちが沈んでいたときに、農業の師匠から「おい、お茶飲んでかねぇか」と声をかけていただいて、「がんばってるな」「来年はどう農業するか」「去年の作はどうだったか」といろんな話をした。


あの時間が、ひとりぼっちだった私を救ってくれた。


誰かを想って、繋がって、大切な気持ちとともに、届けたい。


あと少し。
加工も来週から、試験的に始まる。
起点はいつも、「大切なだれか」。心ほぐしながら、進んでこう。


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