”悲惨”じゃない戦争体験があってもいい。

夏というと、テレビで放送されるのは終戦スペシャルか『タッチ』の再放送か。
『タッチ』はともかく、戦争の話は大人になる頃には食傷気味だったと思う。
大空襲の話、原爆の話、沖縄戦の話……。聞く度に恐ろしさに身をすくめたが、いつしかそういう気持ちになるのが辛くて目を向けなくなった。

ところが10年ほど前、ソニー元副社長の盛田正明氏に「僕は特攻隊の生き残りなんですよ」と言われて興奮した。

特攻隊について調べていくと、今まで知らなかった「戦争」があった。「こんな戦争の話もあるのか」と驚いた。
取材を進めるうちに、男性と女性では捉え方が異なるのではないかと思い、女性にも話を聞くようになった。

「軍需工場で知り合った人が初恋。でも親が決めた許嫁がいたので許されなくてね」
「少女歌劇が大好きだった。男装の麗人にもうメロメロよ」
「かっこいい仕事がしたくて、都心で働きたかった」

時代は違っても、軍国主義の教育は受けていても、少女の中身は今も昔も大して変わらなかった。
引きこまれるように戦争体験を取材した。それらをまとめたのが『わたしたちもみんな子どもだった 〜戦争が日常だった私たちの体験記』(ハガツサブックス刊)だ。

「戦争体験」というと、聞き手は過激な、悲惨な話を期待するし、話す方もその期待に応えなければならないと思うところがある。しかし話を聞いてみると、どんな些細なことでも興味深かった。「満州の首都新京のマンションは水洗トイレだった」なんて話も想定外だ。母の実家はぼっとん便所だったぞ?と。

子どもたちは空襲の翌日には「現場を見に行こう」と思うのものだったらしい。鹿児島大空襲、大阪大空襲、横浜大空襲と、話を聞いた方たちはみんな現場へ足を運んでいた。「砂糖工場が焼けてタダでお砂糖がなめられるかも」などとたくましいことを言って出かけた少女もいた。

大阪大空襲の直前、松竹歌劇を見に行ってルンルンだったという少女もいた。娯楽のひとつもない時代だと勝手に思っていたけれど、思い込みだったのか。一方でどんな演目で、誰が出演していたのか調べようとしたが、わからない。戦況が悪化する中で、空襲で焼けてしまったり、逆に軍事的に重要度の高いものは処分されたりもした。戦時中の情報は、予想外に少ない。

1945年5月くらいから東京は電車が不通になり、自転車で田園調布から麻布まで通ったというのは元テニス選手の宮城淳さんだ。ところが7月には幕張に潮干狩りに行ったという。いつの間に電車が復旧していたのかと、各所に問い合わせたけれど、こちらも答えは「わからない」。時刻表は残っているけれど、当時どのように電車が運行されていたのか不明だというのだ。100年も経っていないのに、公共の事業でわからないことがあるのに驚いた。とにかく、意識して伝えていかないと歴史というのは伝わらないのだ。

小学館の専務だった林四郎さんにもお話を伺った。
17歳で広島県江田島にある海軍兵学校へ入学した。エリートを育てる学校だ。必死に学び、厳しい訓練に耐えた。ある朝、広場に出ると激しい閃光が走り、続く熱風でなぎ倒された。見上げてみると、大きなキノコ雲が空高く上がっていったという。広島に原爆が落ちたのだ。「綺麗だった」というのが印象的だ。そして終戦、海軍兵学校は解体された。林さんは、屋根にも人が乗っているような満員列車に乗り、故郷の長野県に向かった。木曽谷のあたりまで来ると満員だった列車はガラガラになっていた。蝉のカナカナ……という声を聞いたら、ようやく「助かった」と涙がこみ上げてきたそうだ。それまで慌ただしく、ただただ必死だった。ようやく自分の感情を出す余裕ができたのだろう。なんといってもまだ19歳の少年なのだ。

現代の日本は、第二次世界大戦を考えずに語ることはできない。戦跡は各地に残っているし、戦争の傷跡が文化として根付いていることもある。「ノルマ」という言葉は、シベリア抑留されていたかたたちによって持ち帰られたロシア語だ。

開戦の理由も、敗戦の原因も、庶民の生活も、どれもひと言では語れないほど多様だ。本書でも、読む人によって興味を持つ部分が異なるだろう。若い読者には日本の近代史に興味を持つきっかけになってくれたらと思う。

終戦時に10代〜20代前半だった方たちの体験談だ。是非今、同じ年代の若者にも読んでほしいと思い、人気イラストレーターのREDFISHさんに描いていただいた。難しい漢字にはふりがなを振ってある。詳しい用語解説もついているので、わかりやすいはずだ。

出版するに当たり、取材者のかたたちがとても喜んでくださったことは、制作の苦労を忘れる喜びだった。
「夫の33回忌に2人のなれそめが本になるなんて。娘にもしたことがない話なのよ」
「おばあちゃんの話を聞いてくれてありがとうございます」
「家族の意外な一面を知る機会になった」
といった声は、大いに励みになった。

取材者の中には私の親戚もいるのだが、幼少期の話を聞いて、それまでと印象がガラリと変わった。意外と家族のことでも、意識して語り合わない限り、知らないことは多い。
戦争体験に限らず、過去の体験を振り返ることは相互理解に大いに役に立つのだろう。対話の重要性を実感した取材でもあった。

本書では、総勢18名の戦中・戦後体験をまとめている。

『わたしたちもみんな子どもだった 〜戦争が日常だった私たちの体験記』
和久井香菜子著
吉永憲史監修
ハガツサブックス刊
1500円税別


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