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グリーンランド人の激しさ


グリーンランド人というと、ありとあらゆる自然の脅威にも耐える寡黙なエスキモー(この呼び名は最近では差別用語になるらしい)というイメージだったのですが、こちらにきて、実際彼らと接してみて驚いたのが、実に「激情的な」人々だったということです。

普段はおおらか、穏やかにニコニコとしている彼らですが、お酒がだいぶ入ってくると、突然ドラマティックに、そして老若男女の差なく、「激情モード」になります。
私と同じくらいか、それより小柄で、あんなに愛らしいグリーンランド人女性が、お酒に酔うと彼氏や旦那さんと殴り合いの喧嘩をして、怪我まで負わせて救急外来に来たかと思うと、翌日には家族団欒の風景をスーパーで見かけたりします。

グリーンランド人(イヌイット)は狩猟民族なので、おそらく彼らの中には、爆発的に放出するアドレナリンや、生きるか死ぬか、殺るか殺られるか、という状況で、直感的に行動する瞬発力が備わっているからなのでしょうが、その豹変の激しさは、本当にショッキングな光景でした。

そしてアルコールがまずいタイミングで入った場合、素面の時には大人しく受け入れられている不満や悲しみが、数十倍の絶望感に変わり、グリーンランドでは、本当に、あっけなく、自殺をしてしまうケースが実にたくさんあり、とても大きな社会問題となっています。

自殺の背景には、年齢層によっていくつかの違いもありますが、特に若者の場合、グリーンランド社会の「閉塞感」が、自ら死を選ぶほどの絶望感に変わるのに、大きく関わっているようです。

広大なグリーンランドの面積を考えると、閉塞感なんて縁のない話な気がしますが、地理的に、グリーンランド内で人が住める土地は、実はとても限られています。交通手段も少なく、そもそも町と町をつなぐための道路というものが存在しないので、移動には、ヘリコプターやフェリーで数万円、ボートも入り組んだフィヨルド地形や流氷をうまく避けていける腕と経験が必要で、人々はあまり(特に冬は)、自分の町を出ることはありません。

そして、どこの国の田舎でも多かれ少なかれある問題ですが、町の人たちは住人の2、3世代前くらいまで家族のことを知り尽くしています。良くも悪くも、町みんなが家族みたいなものなので、一度悪い噂、もしくは知られたくないことが広まってしまった暁には、もうどうしようもありません。

例えば、病院のグリーンランド人スタッフは、患者さんの名前を聞いただけで、そこの娘さんが何回中絶をしたとか、奥さんがアル中だとか、全て把握しています。
私も、スーパーで買い物をしていると、毎回100%の確率で誰か患者さんに出会うので(店員が患者さんの場合もある)、不健康なチップスやビールを買うのがものすごく躊躇われます。
今は少し慣れてきましたが、来たばかりの時はこの閉塞感に、閉所恐怖症の発作が出そうな気がしたほどです。

住宅環境もグリーンランドは決して良くはなく、狭いアパートに時として10人くらいの親戚、家族、その恋人など、色んな人が密集して暮らしていることもあり、そんな中では、衝突、アルコール、暴力が実に頻繁に発生し、特に子供への暴力と家族内での性的虐待が多く、実にグリーンランド人女性の60%以上が性的暴力、虐待を受けた経験があるのだそう。
(ただし、グリーンランド、特に他から隔離された集落では、昔から村人の血が濃くなりすぎてしまうことを避けるため、他の集落から訪れてきた狩人を積極的に家に招いて、奥さんや娘たちを捧げだしていたという習慣があったので、ある意味こういった、女性の意思とは別の性行為は、生きのびる術として暗黙のうちに認められ続けてきたという背景もあります。)

地理的な、社会的な、そして家族の中での閉塞感、これが彼らグリーンランド人の生きている世界なわけで、そこに衝動的な絶望感がくると、本当に刹那的に命を絶ってしまう人が絶えないため、グリーンランド政府も最近はようやく問題の深刻さに目を向けるするようになったようです。

衝動的、瞬発的、刹那的というのは、もちろん狩猟民族の彼らにとって、またその時その時に自然が全てを決定してしまうような環境にあって必然として培われてくるのかもしれませんが、突如思い立って「よし、ジェットスキーを買おう!」とか、「ヌークにいって仕事探してくる(仕事の当てがあるわけではない)」とか、決断というよりは思いつきで行動を起こすグリーンランド人の話をよく聞きます。(私も人のことは言えないけど)

そして宵越しの金は持たず、給料日の後は持ち金全部をお酒や何かに注ぎ込んでしまったり(だからグリーンランドでは給料日が半月ごとのところが多い)、喧嘩っ早くて、酔っ払って怪我してはしょっちゅう救急外来にやってくるグリーンランド人を見ていると、なんだか江戸っ子との共通点を見るような気もしてきます。

おおらかで、瞬発・衝動的という、ジキルとハイドのような二面性を持つグリーンランド人。デンマークの一部だけどまったく異なる文化で、知れば知るほど、どんどんその奥深さにはまっていく気がします。

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