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海の母

雄大な自然と暮らすグリーンランド人は、超自然的な力を信じる人々です。
彼らの文化の中には、たくさんのいい伝え、迷信がありますが、特に狩猟と漁が生きる糧であった彼らの言い伝えの中で、「海の母」は、守護神のようなものとして、大事にされています。

海の母の伝説は、地域によっていくつかのバージョンがあるのですが、どれをとっても、とてもグリーンランド的にクレイジーかつファンキーであることが共通項です。

バージョン1「激おこプンプン反抗娘」
偉大な創造神アングタの娘セドナは、どうにもこうにも手のつけようのない、すぐにキレる少女で、その抑えの効かない怒りん坊っぷりは、創造神である父親が身に危機を感じるほどのものでした。
ある日「もう我慢ならん!」とアングタ親父はセドナをカヤックで海に連れ出すと、えいやっと彼女を海に投げ捨て、さらにセドナがカヤックの縁にしがみつくと、その指を切り落とし、彼女を冥界の海底に沈めてしまいます。
セドナは冥界の怪物を支配する神となり、彼女の切り落とされた指はアザラシ、セイウチ、クジラといった生き物に作りかえられましたが、その後イヌイット(人間)達に狩で追い回されることになります。

バージョン2「そこまで人間の男はイヤ」
とある村の年頃の娘セドナは、父親が見つけてきた結婚相手が不満で、「そんなんだったら犬の方がマシだわ!」と、本当に犬と結婚してしまいました。
怒った親父はちゃぶ台をひっくり返すと、犬とイチャつくセドナを連れ出し、カヤックで海に連れ出し、「勘当だ!」と放り出します。
セドナはなんとか溺れまいとカヤックの縁にしがみつきますが、親父はその指を切り落とし、セドナを海に沈めてしまいました。
セドナの切り落とされた指は、最初のアザラシとなり、セドナは海の女神となります。

バージョン3「かわいそうな孤児」
ネトシリク州のヌリアユクという孤児の少女は、しょっちゅう村人からいじめられ、彼女を村から追い出そうとした村人に指を切り落とされた上、海に投げ捨てられてしまいました。
彼女の切り落とされた指先は、みるみるうちにアザラシやセイウチに変わり、海に落ちたヌリアユクは魚と結婚し、あらゆる海に住む哺乳類を支配するようになります。

バージョン4「カラスの嫁」
美しい年頃の娘セドナは、父親が見つけてきたハンターの求婚者達をあーだこーだと理由をつけてはことごとく拒否します。
「あいつの好みを聞いてたらラチがあかん」と悩む父親。するとそこに村では見たことのない、見知らぬハンターが現れました。
彼は頭に大きな被り物をしており、怪しいことこの上ありませんが、男の持ってきたたくさんの魚と引き換えに、娘を差し出すことに同意します。
父親はセドナに薬を盛り、眠っている間に謎の男に引き渡します。
男はセドナを崖の上の大きな巣に連れ帰ると、被り物を取り、真実の姿を見せました。なんと男は偉大な鳥達の精霊で、鳥達に囲まれて目覚めたセドナは、自分が人間でない男に売られたことを知りショックを受けます。
父親も男の正体を知って、「あんにゃろう!騙しやがって!」と娘をカヤックで救出に行きますが、怒った鳥の精霊は大嵐を引き起こし、親父は「ごめんなさいごめんなさい!娘は返しますから!」とセドナを海に投げ捨てます。
必死にカヤックの縁にすがりついたセドナですが、その手は凍り、指が落ち、海の底に沈んでしまいました。
彼女の指は海の生き物と変わり、彼女の足には尾鰭が生え、海の生き物達の母となります。

バージョン5「指だけでなく頭もかち割られ」
美しい娘セドナは、ある日鳥達に誘拐されてしまいます。父親はカヤックに飛び乗ると、鳥達がいない間にセドナを流氷の島から救出しますが、セドナがいなくなっていることに気づいた鳥達は激怒し、海の精霊に「あの人間達、とっちめてやってください!」と頼みます。
海の精霊はカヤックに乗った親子の周りに大波を起こし、転覆させようとしますが、精霊の怒りを沈めようと、父親はセドナを鳥達の元に戻すべく海に放り投げます。
「オヤジ、嘘でしょ?!」とカヤックの縁にしがみつくセドナ、すると父親は「勘弁してくれ!(じゃないと俺が沈む!)」と、手斧を取り出すと、セドナの3本の指を切断、さらには彼女の頭もかち割ってしまいました。
彼女の3本の指は、それぞれ異なる種類のアザラシに生まれ変わり、頭を割られたセドナは海底に沈み、海の生き物を支配する神となったのでした。

と、いろんなバージョンはありますが、共通点は、ダメ親父、カヤックにしがみついた指を切り落とす、指はアザラシなどに、そしてセドナは海の神になる、というものです。
ディズニーでは間違いなくダメ出しを食らう、まったくもって子供には不向きな設定です。

生い立ちの説はどうであれ、今でもセドナは「海の母」と呼ばれ、自然の倫理やルールに反した、間違った狩をするハンターがいると、彼女の長い黒髪がアザラシや鯨など、海の生き物を網のように捕らえてしまい、獲物が獲れなくなってしまいます。
不猟が続くと、村のシャーマンはカヤックに乗って水平線まで行き、ハンター達の何がいけなかったのかを海の母に聞いて、その長い髪をといてきれいにほぐし、海の動物達を彼女の髪から解き放つのだそうです。
そして村に戻ったシャーマンは、なぜ海の母が怒ったのかをハンター達に説教するのだとか。
でもセドナは(特にバージョン1の)、特に理由がなくても機嫌を損ねて海を不猟にしてしまうので、人々は彼女の長い黒髪をきれいにとく儀式で「ご機嫌とり」をしなければならないという、なんともDivaな海の母です。

イタリアなどでは、海の神ネプチューンの絵画や彫刻をよく公共の場で見かけますが、同じようにグリーンランドでは、この海の母をあちこちで見受けます。
海の恩恵への感謝としてなのか、それとも祟りが怖いからなのかわかりませんが、とにかくグリーンランドの土着の神として、最大級の敬意を払われていることは間違いない海の母ですが、私はどうも「セドナ」と「貞子」がかぶってしまいます…。長い黒髪、縁にしがみつく指って、「リング」のアイデアは実はここからだったりして。

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町のカフェにも海の母の絵が飾ってあります。トップの写真は病院の待合室。

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