冷酷領主から契約結婚を申し込まれましたがなぜか私を溺愛してきます

第六話

「かしこまりました」

侍女は静かにそう告げるとその場から出て行った。
二人だけの静寂が支配する室内。
彼の雰囲気に圧倒されてしまい、思わず言葉をつぐんでしまった。

部屋に入って来てすぐに挨拶をしなければならないのに遅れてしまったことに気づいた私はドレスの裾を摘み、カテーシーをする。

「ご挨拶が遅くなりまして大変申し訳ございません。セシリア·ビクトリアです」

カテーシーは中途半端になっていない。
母が生きていた頃、ある程度の教養を学ばせて貰った。
いくら礼儀作法が出来ても人は見た目で選ぶ。
容姿の美しさ、愛嬌のある愛らしさ。
まさにシリカのような女性を。
今の私は地味なドレスに飾りっけのない髪飾り。
きちんと笑顔をつくれているかさえ分からない。
実家の継母たちから地味で役立たず、醜いと散々罵られてきた。
デビュータントもしたことはない。
今の私は誰にも選ばれないかもしれない。

だけど私は亡くなって母のように笑顔を絶やさない、何があっても凛とした女性になりたい。
顔を上げて、なけなしの勇気を振り絞って微笑みを浮かべる。

ここで失敗するわけにはいかない。
私は自由になるためにここに来た。
ビクトリア家から開放されるために。

「知っての通り、俺の名はニコラ·アルジャーノだ」

「えっ…?」

「どうして驚く?俺の顔に何か付いているのか?」

「し、失礼致しました…。何もありません」

まさかアルジャーノ様が挨拶を返して下さるとは思いもしなかった。
ビクトリア家では誰も私の言葉を聞いてくれなかったのだから。

「セシリア嬢」

アルジャーノ様は私の前に立ち、静かに真っ直ぐとした目で私を見つめた。

「単刀直入に言う。俺はきみを愛さない。一年後には離縁してもらう。これは契約結婚だ」

「契約…」

「そうだ。1年間俺の妻を演じてくれれば、きみの実家のビクトリア家の支援ときみに慰謝料として生活には困らない多額の金額を用意する。そのあときみは自由にすれば良い」

「どうして、そこまでして頂けるのですか?ビクトリア家は貴族とはいえ、没落寸前です。アルジャーノ様にどのようなメリットがあるのでしょうか?」

私は彼に疑問をぶつける。
考えても没落貴族令嬢相手に得がない。
デメリットだらけだ。

「婚姻を断るためだ」

アルジャーノ様は淡々とした口調で語る。
冷たい瞳を私に向けて。

「正確には王都にいる実家の母親から結婚、結婚と会う度、口を開く度に急かさ、毎回あらゆる令嬢の肖像画を送り付け、さらに若い令嬢を見繕って婚約させようとする始末だ。いい加減うんざりしている」

彼の口からため息が漏れる。
公爵、伯爵などといった貴族には早い段階で婚約や結婚を交わす。
血筋や家柄を主に重点的に選んだりする。
実際、私の両親も親が決めた縁談だ。

だけど、彼の言うとおり急かされるのはあまりいい気持ちはしない。
むしろ面倒臭いとさえ感じるだろう。

「だからこそきみを選んだ。きみは俺のことを愛さないだろうからな」

私を捉えるように真っ直ぐな目でアルジャーノ様は告げる。

彼は私が来ることを最初から望んでいたのだろうか…。
彼が提示していたのはビクトリアス家の娘を妻にと要求していた。
そこには私の名前は記してない。
私を選んだと言っているけれど、誰でも良かったかもしれない……。

でも、これはチャンスだ!
断る理由なんてどこにもない!

「承知致しました」

私は彼の顔を真っ直ぐに見つめて静かに告げる。

「お引き受け致します」

これで自由になれるのなら。
私の望みが叶うのなら。
喜んでお飾り妻の役割を全うする。
私が私でいられるため、自由に生きていくために…───。

「俺のことはニコラと呼べ」
「わかりました。ニコラ様」

私は彼……ニコラ様に穏やかな笑みを浮かべて答えた。


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