見出し画像

ソラノカナタ アナタノカケラ episode.2.2

episode.2.2


【決意】




風が頬を撫でた。

目の前に広がる 水面を見て
彼女は しばし現状を把握できないでいた。
そよ風が心地よかった。

空………なのか、水面ではない空間は藍色で 
光源はないのに 暗くはなかった。


どこまでも広がるその空間は。

[あぁ、ここは  わたしの、こころの庭

誰にも 冒すことのできない場所]


ここへ来る前に何をしていたのか

何があったのか……考えるのが億劫で

彼女はしばし 水面を歩いていた。


[休む場所が あると良い………]


目を閉じて  屋根のある 座る場所を思い浮かべた。


白い石でできた椅子に腰掛けると

自然と涙が溢れてきた。

悲しいのか 
何かが辛いのか 何もわからないけれど……

静かに 涙は溢れた。


[だいじょうぶ…………わたしは、きっとだいじょうぶ]


涙をぬぐい 心のなかで何度も繰り返す。


何がだろう。

『だいじょうぶ』と言い聞かせなければならないほどの『何か』は 何なのだろう。



涙を拭いていると

おぼろげに何かを思い出しかけた。


人と…………悲しみと…………恐れと……痛み………  


[あぁ、それは

忘れても仕方がないわよね]


忘れたかったとしても
忘れるように仕向けられたとしても
彼女の中のどこかには 刻み込まれてしまった、強い思いたち。
 

「だいじょうぶ」


ハッと 唇に手を当てる。
思いがけず 声に出ていた。

「…………………だいじょうぶ。わたしはきっと 

だいじょうぶ」


確かめるように  声に出した。


声に出せれば きっと本当に"だいじょうぶ"になるだろう。

深く息を繰り返すうち
顔が上がっていた。


風が 髪を舞い上げ 顔の前に広がった。


[わたしの………髪………]


白みがかった 淡い紅色。

この色には覚えがあった。


顔の前から除けた髪を そのまま握った。



いとしい人が………

顔も思い出せないけれど いとしく思った人が

たぶん この髪を撫でた。………そんな気がした。

同じくらい
その人は  いとしく思ってくれていた………。



どんなに姿が変わっても

どんな状況になろうとも 

自分はここへ帰ろう。

誰にも知られてはいけない。

自分だけの庭にしよう。


彼女は自分に そう【設定】した。





ヂィー…………と、耳の中で音がして 眉をしかめる。

ぐにゃりと視界が歪む。

急に強い不安がこみ上げ、彼女は胸を押さえた。



"覚醒め"るのだろう。

覚醒めた時、何が待っているのだろうか…………。


彼女は空を仰いだ。

つ………………と光が 流れた。

青い光だった。

そんな涙を見たことがある、と思った。


 


[待っていて……かならず、あなたを探すから]

[あなたを呼ぶから………]


猛烈な眠気が彼女を襲う。

思い残すことはないか、必死で思いをめぐらせた。


意識が強く引っ張られた。


薄れゆく意識の中、もう一度。

[だいじょうぶ……]


[かならず あなたの元へ還ります]













この記事が参加している募集

#宇宙SF

6,016件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?