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月のない夜凪に 君思う 暁ノ燕《アカツキノツバメ》奇譚-



健忘録のような思い出のような小説です。
が、まだメインタイトルが決まっておりません………

そして時系列が飛び飛びになります。
書きたい順(出せる順)に綴ります。

そのうちにまとめます。
(たぶん)

ふるい地名や呼び名を使う箇所もありますが
便宜上、今の地名や呼び名をそのまま使う箇所もあります。

ジダイコウショウ?
ナニソレオイシイノ?(・∀・)
です。あしからず。


【登場人物】

小赫しょうかく  12才
……本名は『はく』。双子の姉。
占術、以心読心が得意。

小珂しょうか 12才
……本名は『あけ』。双子の妹。
占術、千里眼が得意。

朔玖さく   24才前後
……双子の守り人。本名は『エン(字は不明)』胡人(大陸人)との混血。
愛称は「にぃや」。
体術と剣術を得意とする。

しらぬい   26才前後
……双子の母。もとは皇家の娘。
千里眼、占星術、神通力が強く 特に双子を産んだ後は隠れて生きてきた。
気鬱に陥りがち。


《駿州にて    前編》


しらぬいと双子の姉妹、朔玖をはじめとする一行が武蔵國での舞の修練と学問を終え 駿州に入ったのは 春の終わりだった。
数日後、幼い頃より巫女としての修練を積んだ乙女たちが全国から集まり
その素質素養を披露し 品評会が催される。

━━━━ 一体 なんのために……?
それを知る者が どれほどいたのだろうか。
このあと千幾年も複雑に絡み合う 因果の幕開けを………。


小赫と小珂は 武蔵國には それまでの何処よりも長くいたために  道中しばらくは ふさいでいたが
温暖な気候と 新しい景色や花々を見るにつれ
少しずつ元気を取り戻していた。

ふたりは数えで十二を迎えた。
小柄ながら 手足は伸びて
鼻筋が通り
少女から乙女へと成長していた。
相変わらず 朔玖さく 以外とは口をききたがらない。
ひとのことばの裏心や悪意を感じると 心身に変調をきたす その性質のせいだった。

そして しらぬいも
花の盛りを迎え
乙女からたおやかな女性へと美しくなった。
幸の薄さを漂わせながらもその存在感には  他を寄せ付けぬものがある。
頬は桃色に染まり 唇は百日紅の花にも似て
"とお"を越えた娘がいるようには見えない。

花は 春が最もみずみずしいが
白秋を迎えて咲く華は ひときわ美しい。
また
野に咲く小花はそれだけでも愛らしいが
庇護のもと愛でられてはじめて 花はその美しさが際立つのだと
しらぬいは よく知っていた。



「いやよ、髪はにぃやに結ってもらうの」
唇を尖らせ大きな声を出したのは小珂だった。
朔玖さく 様は日暮れまでお戻りにはなりません」
「わたしが呼べばすぐ戻って来るの。
小赫とわたしが困っているのに ほうっておくにぃやじゃないもの」
「今日は大切なお役目で………」
「いやったら厭、さわらないで!  髪にも、服にもよ!!」
「小珂さま」

膝まで伸びた黒髪が雑に揺れた。
着物の長い裾をたくしあげ 小珂が小走りに行こうとする。
側女の"かや"は追うが………

「追わないで」と耳元で声がして ビクリと足を止めた。

振り向いても周りには誰もいない。

庭の柳の一枝だけが サワリと動いた。

「ありがとう」
また声がした。
さきほどの小珂の声が 穏やかになったような声。

(わかっていても………やはり慣れないわ…)

かやは胸元で拳を作り 取り乱さないように呼吸を整えた。

「………………ごめんなさい」

「あ…………っ」
悲しげに消えゆく声に かやは声を上げた。
傷つけたいわけではなかった。
わかっていたはずだった。
もう何年も そばで二人を見ていたのだから。


小珂は 肚の底から湧き上がる苛立ちを持て余していた。
朔玖はほかの男衆……『烏』と呼ばれる組のものたちと 駿州の修験場  伊豆山いずやま へ行っていた。
胡人の血のせいか 朔玖の身体能力は 群を抜いて優れていた。
手脚は長く 背丈も六尺を越える。

もともとは 感情の起伏の乏しい男だったが
小珂と小赫には こころからの慈しみを向けていた。

母のしらぬいすら 気まぐれにしか向けることのない慈しみを………

…………そのしらぬいの香の薫りが
いつからか 朔玖から漂うことがある……
そのことに先に気づいたのは小珂だった。
しらぬいは ふたりよりもはるかに強い呪術の使い手なので こころは全く読めないのだが
時折  目を覚ますと ふたりの間で眠っていたはずの朔玖が不在の朝は
しらぬいはこころの内を無防備に
むしろ見せつけているようにも感じた。

「彼がいて  とてもしあわせだ」と。
「この思いは わたしにしかわかるまい」と…………

その意味は 
ずっとわからずに来たけれど………

いまは 怒りとも哀しみともつかない思いに
こころがざわめく。
自分はどうしてしまったというのか……

「…あけ、…………」
小珂に抱きついてきたのは もう一人の自分…………小赫。
本名を呼ぶのは いつもは禁じられている。
誰が聞いているともわからないからだ。
それでも小赫が呼んだのは
それしか、小珂のこころを ''ここ"へ留めておけない気がしたのだ。

身体を離して見つめる黒い双眸に 自らの姿が映る。
その瞳の持ち主は 自分と同じ顔をした 片割れ。
「わたし、どうしてしまったの……おかしいの」
長いまつ毛から 大粒の涙がこぼれおちた。
「にぃやと いつも一緒にいたいの。前みたいに……」
「わたしもよ」
両頬を手で包み 小赫は額を合わせた。
だがすぐに 苦しげに眉を寄せる。

( わたしと・・・・ 一緒にいてほしいの…………!)

複雑に入り乱れた思いがぴりぴりと 指先から伝わってくる。
共に母の腹の中で育ち
共に生まれ生きてきた 姉妹の
はじめての独立心だった。
それと同時に お互いとは離れられない、離れたくないという強い葛藤
朔玖にぃやへの 強い思慕………。

片割れのこの激しさは 小赫の中にはなかった。
朔玖のことを思う時 小赫のこころは 温かい日だまりが広がった。
かたちはなくとも 包み込むぬくもり。
朔玖は 何があろうと自分たちからは離れないだろうと…………疑ったことはなかった。

特別なようでいて 特異ではないひと…………
小赫にとって朔玖は そのような存在だった。

「ねぇ? 
今日は、あかざ兄様も 行かれているのでしょ?
石飛びと弓矢は あかざ兄様のほうが得意しれないけれど
山の上まで駆け上がるのは、きっと にぃやが速いわね」

小赫は 小珂の髪を撫でながらほほえんだ。

「わたしたち、よく お山で隠れっこをして遊んで、にぃやの修行のお手伝いをしたのだもの。
きっと 藜兄様よりも速いわ。ねぇ?」

すん、と鼻を鳴らし小珂が顔を上げる。

「にぃやが速いわ……」
鼻声で答える。
小珂から伝わる棘が 静かに消えていった。

「一等で 帰ってきたら、乾かしたあけびの焼き物を作ってあげましょう?
藜兄様が一等なら、小麦を焼いて甘くしたものにしましょう」
「…………それは にぃやが食べられないからだめよ」
「だからよ」

小赫は ふふ、とわらった。
「麦焼きの甘いのが食べたくなければ、がんばってね、って  伝えれば良いじゃない」
「…………小赫、意地が悪い。
にぃやにはきっとまた ちゃんと伝わらないわ」
小珂もつられて わらった。

ふたりが思えば 朔玖には届く。
さきほど 小赫が かや にしたことと同じで……
ただ 朔玖がほかの人と違うのは
明確な言葉としては 彼が受け取れないことが難点だった。
…………それは 彼の感受性の鈍さによるものだったが………。

向かい合い 手のひらを重ね 目を閉じて
ふたりは呼吸を合わせた。
そして 伊豆山いずやまの上で汗をかいているであろう朔玖に 思いを馳せた。
日に焼けた長い腕や
色素の薄い巻髪   灰色の瞳
あまり笑わない彼が 微笑むときにできる笑窪
ぼそぼそと話す 低い声
ふたりの名を呼ぶ時の 優しい声……
なぜだか 喉の奥が 甘酸っぱいものを食べた時のように痛くなった。


そんな 二人の娘の姿を
しらぬいは 物陰から冷めた目で見ていた。
ふたりの思いなど 駄々っ子のよう……。
ふぅ、と息を吐き  視線を落とす。

今日の試験が終われば 朔玖は本格的に『烏』の一員となる。
『烏』として生きるには かなり遅い年齢だった。
これまでの 護り戦うため だけではなく
場合によっては人を殺めるための鍛錬が増えていく。

朔玖は……母親が神隠しに遭ったのち に生まれた異形の子という出自により
母親ともども蔑まれ虐げられ育った。
やがて貧しさから母親が病死し いよいよ疫病神として殺害されそうになっていた朔玖を 部落から引き取り
弟弟子にと指南役を申し出たのはあかざ だった。
それは 朔玖の持つ 強い憎悪や怒、攻撃性りを見抜いてのことだろう。
身体能力の高さだけを評価して下手に武器を渡しては
人を殺めることに対しての倫理観や 自制心がないままに ただの殺人鬼になってしまう。
藜は ほかの兄弟弟子よりもつききりで 朔玖に剣術や体術を教え込んだ。
幼いふたごの姉妹の世話役をさせたのは
何かを大切に思い、護り、尽くすという人の情と忠誠心を育てたかったためだ。

翻せば  
大切な存在があれば
こころを掴み 従わせるのも容易い。

朔玖と姉妹は 周囲の者の想像以上に言葉の要らない次元で心を通わせた。
傷ついた心を癒やすには 無垢で無償の愛情に包まれるのが良い…………

(無償、か………)
しらぬいは自嘲気味に口元を歪めた。

まだ自分も今より若かった頃 
気まぐれで寝屋の伴にと袖を引いた折
朔玖は拒みもしなかったが
ほかの年頃の青年のように浮かれもせず ただ流れに身を任せた。
人のこころを読み取れるがゆえに異端視され続けた自分しらぬいならば
悲惨な生い立ちから人の情を失った若者と 慰め合えるのではないかと思った。
自分ならば、深く傷ついた心を癒せるのではないか、と。
そして 周りの男たちがそうであったように
自分に夢中にさせてみたいと欲が出たのだが………
求めれば応じるし 息は乱しても
眼差しからは 熱情を感じることはなく
果たしてほんとうに彼にその欲求があるのかどうか
次第にわからなくなった。

姉妹の前では
笑窪ができるほど顔をほころばせるのに…………。

しらぬいは空を仰いだ。

陽は高く上り、雲ひとつない晴れだった。

(嵐は来る、確実に)

幾度も胸に去来するのは  黒い予感。
おそらくは………数日後に控えた祀りマツリに関わることだろう。
かつて しらぬいも いまの姉妹より少し幼いころ ここへやってきた。
そのころはまだ 参加者も少なく、穏やかな雰囲気だった。

祀りマツリでは
強い地場に立つ大木と先人たちが"神上がり"をした磐座の前で 
お題に沿った舞を即興で披露し
『神降ろし』をする。
憑坐よりましとしての素質と
『間依』による呪術しゅじゅつの才能を試される。
低級ではなく 確実に《カミ》または《御使い
》を召喚、眷属とする依代(その身のうちに御使いを飼う)と成り得る、強い霊力チカラと強い肉体と
自我を失わずにそれらをやってのける精神力が必要となる。
今回 集まっている依代………巫女候補の乙女たちが高い素質の持ち主たちであることは
数日前から 感じ取れていた。

日女巫女ヒメミコの名を継いでゆく者の選別か……… あるいは 保護なのかもしれない。

渡来の民と一部の豪族で造られたみやこ
クニを統治し 新しいカミによる支配を推し進めようとする動きが この数年で急激に激しさを増していた。
すでに土着の信仰カミのいくつかは滅ぼされ、新しいカミがその地に鎮座し 歴史も塗り替えられている。
各地に伝わる文字や口伝はおろか
多くの民も消されて・・・・しまった。
これもまた時代の流れ……とも思えなくはなかったが
このクニのカミたちを なんとか後世に繋いでゆくために抗う勢力が この神事を取り仕切る組織だった。

そして その組織には
姉妹の父親も………

(貴方も きっと来ているわね)

姉妹の才能の強さは 見る人が見ればわかる。 
おそらくもすぐ見抜くだろう。
いまの状況下では  とても貴重で"旨い"素材のはずだ。
なんとしても手に入れようとするだろう。
嬉々とした………鬼氣とした……あの 仄暗さを秘めた表情かおでわらうのだろう………
それと同時に  ふたりの舞を見れば しらぬいのことが彷彿としてよみがえらずにはいられまい。
ふたりに舞の基礎を仕込んだのはしらぬいだ。
これまでの間に 舞の師匠に直されていても 所作の細かい癖までは抜けないものだ。
しらぬいによく似た姉妹を見ての人は何を思うだろう。
………何か思うだろうか。
自分しらぬいのことを懐かしく思ってくれるだろうか。

あるいは


少女だったしらぬいのこころと身体を深く抉った行いがいま  現象としてあらわれたことに
自因自果……因にして果あり、 その意味に
慄くおののくのだろうか………


(あぁ…………はやく帰りなさいな……今夜はお前と眠りたいから)


しらぬいもまた 朔玖のことを思う。


朔玖の目もとは
すこしだけのひとに似ていた。
声も……………少しだけ。


今宵は朔(新月)だ。
星の明かりしかない夜は


本心を隠すのにも ちょうどよい。





「月のない夜凪に 君思う」〜暁ノ燕アカツキノツバメ


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