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ソラノカナタ アナタノカケラ episode.2

episode.2


【LYRAにて〜aureola〜】


LYRAの住人の多くは女性体の姿を好んだ。
豊かに波打つ金髪と 金色の瞳が、近ごろのLYRA人の流行りであった。 
言語もあるが 歌を好み、微笑みを絶やさない。
LYRAほど穏やかな星はほかにはないだろう。
奉仕と慈愛の精神が強く
どんな者であろうと 傷ついていれば手当をし
求めるものがいれば与えた。

長くLYRAに生きるアゥレオラは ヒーラーとして高い能力をもち
他の星にも慕うものが多く、
誰からも愛されていた。

一度暗闇に堕ちた者も 彼女により昇華されるほどだった。

けれど
こころを注ぎ愛を込めていても……………
やがて世界には終わりは来る、と彼女は思っていた。
終わりが来て 新たな世界の夜明けが来る………とも。


その日━━━━━━━━


墜落同然に空から現れた小型船の中から 半狂乱の傷だらけの青年が現れた時
アゥレオラはそれを さだめのひとつとしてとらえていた。

青年の 虹色を帯びた銀髪は輝きを失い、
碧い瞳から流れるのは 血が混じった涙だった。
助けに向かった者に すがりつき、
力の加減がわからず衣服を破いてしまうほど 彼は理性を失い
掠れた声で助けを求めていた。
誰かを探しているようだった。

人混みをかき分けてアゥレオラは落ち着いて そっと近づいた。
泥と涙と血で もとの肌の色が判別できなくなった頬を両手で包み、焦点の定まらない眼を覗き込む。
そして
彼女ら特有の、鼻腔から響かせる微かなメロディを口ずさんだ。
青年のたましいの中の………………大切な『音』を探す。
「あなたはどこからいらしたの?
わたくしたちには なにができますか?
お力になりたいのです………
ゆっくりで かまいませんから お話しいただけませんか…?」
聴こえるか聴こえないかほどの小さな声で アゥレオラがたずねると
青年のこころがゆっくりと開かれるのがわかった。
跡切れ跡切れに ヴィジョンが流れ込んでくる。

豊かな金色の髪が ゆらゆらと揺らめき
LYRAの陽の光を浴びて 白金に光を放ち始めた。
[……………そう、あなたは……あなたたちは………

長い  長い旅をするのね。
それは  きっと  わたくしも……………]

[かたわれの女性を見失った?奪われたの………?
気配が消えたのね。
それは………とても おつらかったでしょう……
別れを予見してはいても……]

[彼女の ことを教えて…………
そう…………とてもあいらしいかたね………]


青年のこころを感じるうち
アゥレオラの頬を涙が伝った。
影響され 流されるほど彼女は幼くはないが
ヒーラーとして数々の悲しみを癒やしたアゥレオラですら
彼の持つ 深く不可解な苦しみに 困惑した。 
そもそも、このような大きな振り幅の感情を、彼女は見たことがなかった。

はっと気付くと
周りにいたLYRA人が 涙を流し、うろたえていた。

「わたくしたちから離れてください、
彼の感情波は強すぎます。響鳴してしまうわ!」
青年からは目を離さず、アゥレオラは叫んだ。 
…………このように叫ぶのもまた 初めてのことだ。

世界ではなにか 今までとは違うことが起こり始めている予感がした。



[こころの傷を癒せても
たましいの傷は深いわ。

彼は…………もう…………]



流されそうになるのをこらえ
アゥレオラは 口ずさむ音量を少し上げた。


「あのひとを……助けに、行かなければ………」
青年が 声を絞り出した。
目から 新たな涙が溢れ出す。

アゥレオラは歌うように 語りかけた。
「あなたを エアと呼びましょう。
名前は これからのあなたにとって 大切なものとなります。
あなたのあいするひとは  スィーと呼びますね。
次に彼女に会ったとき、あなたはぜひ『スィー』と呼んでさしあげてください。

エア、よく聴いてください……」


アゥレオラはそこで一旦、口をつぐんだ。
流れてくるヴィジョンが  どこかおかしい
時間軸と位置関係が 定まらず、大きく矛盾している。
………………………彼の思いの強さのせいなのか?


「わたくしに見えるものを そのままお伝えします。

残念ながら スィーはもう、そのカタチを失っているようです。

けれど、いずれまた どこかへ生まれてくるでしょう。
なんとしてもあなたのもとへ還らんとする彼女の強い思いを感じます。

あなたのいのちも………………
おそらく…………………まもなく尽きます…………

それほどまでに
あなたがたが離れるということは いのちを引き裂かれるのと同じことなのですね………

そして……………エア、

あなたも また 生まれ直してください。

あなたを介して スィーの願いも届きました。

生まれ直し………出逢うためにあきらめないことを彼女は訴えています。

あなたがたは また逢えます。
わかっていますよね……?

待ちあわせの場所は 
あなたの中にヒントがあるようですよ………

そして  わたくしたちも…………
わたくしもあなた方に再び出逢えるでしょう。

わたくしは ここでお待ちしています…………」


アゥレオラが言い終えると
エアは大きく 息を吐いた。
先ほどよりも穏やかな表情になっていた。
「スィー……………きれいな音だ………
あのひとの 髪が……揺れる音………
あのひとの…………光の羽がひらく………音………

なんと お礼を………………

巻き込んで………………もうしわけない………」

エアの髪の色が みるみるうちに灰色がかってきた。

くちびるが 言葉を生もうとして 吐息だけを漏らす。

「疲れましたね…………
さぁ、少し おやすみなさい。
旅はとても長いものになります……
しっかりと やすんで

スィーを  探しにいきましょう………」


ひとすじの赤い涙を最後に

エアの身体が 生きることを放棄した。
しだいに輪郭がおぼろげになってゆく。
"在ろう"とする意思がないだけで カタチは保つことができないのだ。

LYRAの人々は いたわりと慈しみの歌をもって 
傷ついた青年へのはなむけとした。
歌声が重なるにつれ エアの身体は蒸気のようになり
風に乗り 舞い上がった。



LYRA。

いずれ ふたりはまた此処を訪れる。




……………そして



[待って………いまはまだ見せないで]



アゥレオラは長い睫毛を震わせた。









※便宜上、有名所の星の名前を使わせていただいておりますが
全くのフィクションです。
史実や出来事には関係ありません。

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