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楓 作「サレ妻のピロートーク」

脚本家今井雅子先生の「膝枕」からの外伝を
書かせていただきました。
一作目の「単身赴任夫の膝枕」に出てくる
捨てられた妻のその後の作品です。
一作目はこちら↓


"ねぇ、タクヤ。私の話を聞いてくれる?"

今日は、2022年5月31日。
この一年…私、色々あったんだ。

なんの変哲もない私の人生に、こんなことが起きるなんて思ってなかったの。


ちょうど一年前の、2021年5月31日。

単身赴任先の主人のアパートへ内緒で行ったら、
押し入れに”女の腰から下の膝枕のおもちゃ”を
見つけたの。


20年以上連れ添った主人に、そんな趣味があったなんて…。人ってわからないわね。

何年も一緒に暮らしたって、案外知らないことだらけ。
隠し事の一つや二つあるのが普通なの?

それでも、膝枕のおもちゃのことは、理解してあげようと努力したんだよ。

それなのに…


主人ったら調子づいたのか、社内の若い女の子”ヒサコ”とこっそり付き合っていた。

あんな修羅場のような場面に、まさか自分が遭遇
するなんて…思ってもみなかった。

生きているといろんなことがあるんだね。


あれからね、主人は沖縄へ左遷、私を呼び寄せるかと思ったのに、社内恋愛がバレて会社を退職した"ヒサコ”と一緒に暮らし始めたんだ。



私ね、この先の人生を自分のために”生きたい”と
思った。そして離婚を決意したの。


"ねえ、タクヤ…腕、痛くない?
 私の話ちゃんと聞いてる?"


私ね、来る日も来る日も一人で悩んだんだ…

つらかった…苦しかった…
誰かに聞いて欲しくて私のことを独身時代から、一番理解してくれている彼に、思い切って打ち明けたの。


彼はね、どんな時も何があっても私の味方。


「お前のこと好きとか、そんな感情通り越して大切な存在なんだよ…」って、だから私…彼にとって特別なの。

私は、そんな彼のことが昔から大好きだったの。


でも好き過ぎちゃって。
この心地よい関係を壊せなくて、彼に付き合いたいなんて言えなかった。

だって、私だけの一方的な思いを伝えると、彼への押しつけになるから…我慢したの。

きっと言わなくても、私の気持ちわかってただろうな。

この思いはどうすることもできない。
言っても仕方ないことは、胸に仕舞うしかないよね。

きっと言わなければ、彼といつまでも良い距離感を保ちながら大切に思っていけるから…
一生いい関係でいられる…と自分に言い聞かせて
別の人生を選んだの。


彼とはあれから20年以上経ったけど、関係は変わらないよ。彼には何でも相談出来る。
今回のことも親身になって聞いてくれたんだ。

"ねぇ、タクヤ  起きてる?ちゃんと話聞いてよ"


彼はね…「我慢しないで好きに生きていいんじゃない?もう大人なんだから。自分のことも大切にしたら?お前が楽しくしてるほうが、俺は嬉しいよ」って言ってくれたの。


彼に相談したから、やっと踏ん切りがついたわ。

離婚届をね、主人に送ったの。さっさと届出出されちゃった。
待ってました!といった感じだったのかな?
感じ悪くない?


なんか…今まで無駄な時間を過ごしたかな〜。
でもさ、自分が惨めになるから今回のことは
忘れることにしたよ。


それから、毎日部屋の中で、やっぱりモヤモヤしながら過ごしていたんだけど、気分転換をしようと思って、久しぶりに外に出てみたの。

気持ち良い天気なのに、それすら感じることもできなくなってた。
空を見上げても、重苦しく感じるし。


"あ、タクヤがいるから、もうホストクラブは行く必要がないし。私は、1番人気のJINくんより、タクヤが好きだよ"


ねぇねぇ、それでね、駅前をフラフラ歩いているとボクシングジムの前から、パシン パシンって音が聞こえて来てふと足を止めて、中を見てみたんだ。

そしたら、ジムの中から人が出てきて
「良かったら、やってみませんか?」って声を掛けられたの。

初めてサンドバッグを殴ってみたよ!
私、夢中になっちゃった。

ちょっと、スッキリしたかも。
こんなことでも心が軽くなるんだね。

"ねぇ〜、タクヤ!!本当に聞いてる?
腕痛かったら外してもいいよ。 
ん?大丈夫?
タクヤの腕、がっしりしてて気持ちいいよ"


私それからね、ボクシングジムにすっかりハマってしまったの。

ジムのトレーナーのりょうさんは大阪出身でね
今は仕事で海外に住んでるんだけど、日本に出張に来てて、たまに、このジムに来てるみたいなのよ。

早速りょうさんのTwitter見つけて、フォローしちゃった。

このジムね、たまに来るりょうさん目当てで
女子率高くて…

りょうさんはね、見かけはちょっと"イカツイ"けど心がとっても優しい人よ。
ギャップ萌え!ってやつよね〜。

私の周りには、もちろん居ないタイプ。
この大阪弁がとにかくヤバくって。
ヤバいというか、ズルい…よ。


"え?タクヤ、焼きもち妬いてるの?
女の人はね、大阪弁の男の人に弱いのよ"


りょうさんの滞在は短くって、あっという間に海外へ戻っていっちゃったわ。
私は…いつの間にかりょうさんのことを、好きになってた。


いつもはね、Twitterは眺めているばかりで
自分からツイートしたことはないんだ。
なんてツイートすれば良いか、わかんないしね。


でもね、この前朝から体調が悪くて、鼻血が止まらなくて…
なんで止まらないのか、私どこか悪いのか?
このまま死んじゃうのかな…って思ったら
怖くなってきたの。
誰にも見つからずに、ひとり孤独に死んじゃったらどうしようって。

不安で不安で仕方なくて
「鼻血が止まらない、どうしよう・・・」
ってツイートしてみたの。


そしたら〜、ダイレクトメッセージに
りょうさんからメッセージが届いたの!

「え!!何だろう」と思って
ドキドキしながら開けてみたよ。


「どうしたん、大丈夫? 病院行ったん? 
ちゃんといかなアカンで!」って

いや〜ん、めちゃくちゃ優しい…
心配してくれたんだよ!
感動して、急いで返事しちゃった。

この日を境に、私とりょうさんの距離は
ぐっと近くなったんだ。


毎日やり取りするようになって
「LINEのほうがええやん」って言ってくれたから、そのうちLINE電話で話すようになったの。
顔見て話すのって恥ずかしいけど、近く感じられて嬉しかった。


私の気持ちはね…りょうさんにどんどん惹かれていったわ。
この気持ちを伝えたいって、強く思うようになったの。

私、若い時は言えなかった、行動出来なかった。
でも、これからの残りの人生は後悔したくない。


りょうさんと、夏に知り合ったのに
思いをはっきり伝えられないまま、いつの間にか秋になっちゃったよ。


りょうさんからね
「今度日本に帰国する。今回は2か月ステイするから予定空けといて!」って言われたんだ。


やっとやっと会える〜ってドキドキしながら、品川駅で待ち合わせをしたの。

久しぶりに会えたけど、アケミやフォロワーさん達も一緒。みんなでご飯だったから、言いたいことも言えなかったよ〜。
がっかりしながら帰宅したの。

"タクヤ〜そんなこと言わないで、だって私言えないんだもん"


そしたらね、りょうさんから電話が来たの。
でもね、告白するのはこのタイミングじゃない…
と思って、やっぱり思いは伝えられなかったよ。

でも、りょうさんは、すぐ次に会う約束をしてくれたよ。


私はね、どうしようか迷っていた。
だって、みんなに優しいりょうさんだから
好きですって伝えたところで、りょうさんを困らせるだけなんじゃないのかな?って。

私はさぁ、ただのフォロワーのひとり。
りょうさんに好かれてる確信も持てない。
この年で、振られるのはツライ。

りょうさんと、せっかく二人きりで会った
のに、結局言い出せずに帰ってきたんだ。

"え、お前バカかって?ひどいなぁ。
タクヤ〜もっと優しい言い方してよ…"

りょうさんね、帰ったら電話くれたんだ。
「もう帰ったんか?」って優しいよね。


やっぱり...りょうさんのこと好きだなって
思って。

遠回しに気持ちを伝えてみたの。
そしたら

「そんなん、言われんでもわかってるやろ?」

「え? そんなのわかんない…そうなの?」

「うん、そうやで」

「わかんなかった。ホントに?? そう思っていいの?」


もう…嬉しくて、泣いちゃったよ。

こんな風に気持ちを伝えたの、何十年ぶりかなぁ。

りょうさんが受け入れてくれるなんて
思ってなかったし。
こんな年になって、人を好きになれるなんて
思ってなかったんだ。
だって、もう恋愛の仕方忘れたし…
一人の方が気が楽に決まってる。


でもね…
「自分に正直に生きてごらん。自分を大切に愛してあげたら」って

りょうさんに出会う前に、彼に言われたの。


ふっと…沸き上がった感情を大切に、今度は思いのまま動いてみるのもいいのかもしれないよね。

こうでなきゃいけない…なんて
自分を縛り付けなくてもいいよね?


りょうさんの気持ちも確かめたから
私たちはお互いの気持ちに正直になって、
結ばれたの。


りょうさんの滞在が終わって、成田に見送りに
行ったんだけど、この世の終わりか??って思うくらい号泣して、りょうさんを困らせちゃった。

心配したアケミから、やっぱりついてきて良かったよ…って言われたわ。恥ずかしいね、私。

だって、りょうさんと離れたくなかったの。

向こうに着いたりょうさんから、心配してすぐ電話掛かってきたの。


「あのさぁ、横におらんくなって気づいたけど、やっぱりお前がおれへんかったら寂しいわ。だから、ずっと俺のそばにいて欲しい。お前もこっち来い、一緒になろう」

って!!すごくない??

"お前もこっちに来い"って言ってくれたの。
こんなにキュンと来る言葉聞いたことないよ!
頭の中で、りょうさんの言葉がグルグルしてるよ〜。


変な"膝枕のおもちゃ"や、若い女にうつつを抜かした主人とのことに、ついこの前までずっとモヤモヤして、私はもう女として見てもらう資格すらないのかって落ち込んでたのにね。

ほんの数か月で、私自身も変わったよ!
1日でも早くりょうさんの元へ行きたい。

"え、待ってタクヤ!おねが〜い
もう少しだけ話聞いて"


りょうさんがね、いつも電話で「早く一緒にいたいな…」って言ってくれるの。

両親にも、子供たちにも話をしたんだ。
反対されるかな?って思ってたんだけど、ママの好きに生きたら?って。嬉しくて泣いちゃったよ。

"ふふ、そうなの!タクヤ、私結婚したのよ"

友達はね

「なんなの~恋愛なんて興味ないって言ってたじゃない!!」

「好きな人が出来た? やっぱりね〜
なんだかイキイキしてるし、あやしいなって思ってたよ」

「え!入籍?? 結婚したの??」

「幸せそうねぇ~うらやましい」

みんなから質問攻めよ!


でも、私はりょうさんと、一分でも一秒でも早く話がしたいから…

「ごめん!帰るね」って帰って来ちゃった。


自分に正直に生きたら、なんてすがすがしいんだろうね。

もちろん…みんなに心配されてるよ。


「知り合って1年も経たないのに、大丈夫なの?」
「ほとんど会ってないのに結婚したの?」


でもね、そんなことに縛られて、自分の生きたいように生きられないなんて嫌なんだ。
明日、この命が終わったとしたら後悔だらけになっちゃうじゃない。


私がこんなに変われたのは
相手に対する思いやりを教えてくれた
いつも私をそばで支えてくれた彼のおかげかな。

"ねぇ、タクヤ眠くなっちゃった?
私も眠くなっちゃったよ。だってタクヤの腕枕
気持ちいいんだもん"


タクヤ海外に連れてったら、りょうさん驚くかな。

でもタクヤがいないと、私眠れないから一緒に行こ〜!
スーツケースはちょっと狭いけど、我慢してね。



                    終


「サレ妻(サレツマ)のピロートーク」
お読みいただきありがとうございました。

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