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【エッセイ】かまどのかまど | #02

第2回「7分の1の感情」

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 声をかけた20代半ばの店員の男の子は、快くその子の居場所までやって来てくれた。「デグーですか?デグーのことならお任せください」と言わんばかりに目を丸くして、話を聞いてくれた。

「この子なんですけど、性格とか健康状態とかはどうですか?」
 ありきたりな質問である。性格はひとまず明るく人懐っこい。毛並みや歯、ウンチを見るかぎり健康状態も概ね問題はない。
 僕もこれまでの経験から何となくは分かっていたが、何から切り出せばいいか分からなかった。
「この子ですね。健康状態は問題ないですね。元気な子ですよ。毛並みがサンドパイドといって、少し珍しい子になります。購入をお考えですか?」
「まぁ、ただ、入荷日が2020年で1年前になってるんですけど」
 この質問はせずにいられなかった。
 店員の男の子は少し困ったような目をした。
「そうなんですよね。やっぱりデグーはグレー(アグーチのことである)が人気なのと、皆さんどちらかというと小さい子を選ばれるので。この子は早くに大きく育ってしまったので、1年経ってしまったんです」
「じゃあそんな理由で、この子は1年間ここにいたってことですか?」

 たしかにその子は人一倍大きな身体をしていた。
 しかしデグーとはそもそもそういうものである。小さいネズミなら、ハツカネズミでもハムスターでも他にたくさん可愛い子がいるではないか。
 僕はこの子のふっくら、もふっとした存在感に思わず「かわいい」と声が出たのだ。毛並みだって好みはあれど、きれいで良い色である。

 そのせいで1年ここで暮らしただなんて。これもデグーブームか。

 デグーの寿命はおよそ7〜10年ほどである。
 先代のスーちゃんは美人薄命で6年の人生(鼠生か)だった。この子は人生の7分の1をペットショップで過ごしたのだ。人間の人生が仮に80年だとして、その7分の1といえば、11歳である。この子は人間でいう11歳までペットショップで過ごしたことになる。そう考えると、いても立ってもいられなくなった。

「一度触ってみられますか」
「あ、いいんですか」
「大丈夫ですよ。人懐っこいので、触らせてくれると思いますよ」
 店員の男の子はケージの南京錠を開け、出入り口を開いて手を入れた。
 その子は待ってましたと言わんばかりに飛び寄ってきて、彼の指にまとわりついた。
「どうぞ」
 彼は微笑み、僕に触れ合いをうながした。
 僕がアゴの下をなでてやると、その子は気持ちよさそうに目を細めて、されるがままである。
 なるほど。かわいい。
「ありがとうございます」
 僕が手を引くと、どうやらなでられ足りないらしく、その子はケージに張り付いて金網をガリガリと齧った。
「かわいい子でしょ」
 そう言った彼の言葉からは、彼がその子に並々ならぬ愛情を抱いているのが感じられた。
「この子にします」
 僕はきっぱりと言ってしまった。
「僕は以前デグーを飼ってたので大体のことは分かっているつもりなんですが、ケージから何からすべて処分してしまったのでイチから全部揃えることになります。環境変化を最小限にするためにも、今使っているもので揃えたいので教えてもらえますか」
 続けてそう言うと、彼は「わかりました」と少し慌てた様子でケージの環境を確認しはじめてくれた。

 こうなると、僕は話が速い。

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