フィッシュ・アンド・チップスのこと
フィッシュ・アンド・チップスがイギリスを代表する料理のひとつというのは私が10代の頃=1970年代後半にイギリスの音楽を好きになって以来耳学問で知っていた。なので1986年に初めてロンドンに行った時には、期待に胸を膨らませて街のアイリッシュパブに行ってフィッシュ・アンド・チップスを注文した。
しかし出てきた料理は、旨味の少ない白身魚の切り身に、まとわりつくコロモはべしょべしょで直ぐに身から剥がれ落ち、振りかけるビネガーの味で誤魔化して食べる、もそもその食感で、美味しくもなんともないものだった。こんなはずではない、と思い、他の店でもしつこくフィッシュ・アンド・チップスを試したが、どこに行っても似たり寄ったりの味で、つまり、そういうものなのだと思い知った。
その後、バブルの時代にかけて、日本にもアイリッシュ・パブが増え、メニューにはフィッシュ・アンド・チップスが載るようになった。日本のアイリッシュ・パブのフィッシュ・アンド・チップスは、コロモはバリっとして魚の旨味を閉じ込め、店によってはタルタルソースが添えられるなどして、日本人の口に合う美味しいものに仕上げられていた。
それからずいぶん経って2010年頃のこと、東京の恵比寿にあるフットニックというアイリッシュ・パブに行く機会があった。その店は正真正銘のイギリス人がオーナーの本物のアイリッシュ・パブという触れ込みだった。そこで私はフィッシュ・アンド・チップスを頼んでみた。出てきた料理は「旨味の少ない白身魚の切り身に、まとわりつくコロモはべしょべしょで直ぐに身から剥がれ落ち、振りかけるビネガーの味で誤魔化して食べる、もそもその食感」のものだった。かつて私がロンドンで「美味くもなんともない」と思ったまさにそのもの!
しかしその時私は「これこそ本物のロンドンの味だ。美味い!」と思ってしまったのだ。かつて私が美味くもなんともないと思った味こそが、イギリス人が好み、あえてその味に作っていた料理。それが東京の恵比寿で食べられる。本物の味に私の感じ方が180度変わってしまったのだ。
イギリスのフィッシュ・アンド・チップスがウクライナ危機を端に発する材料の入手困難化や諸経費の高騰で危機に瀕しているというニュースを読み、恵比寿のフットニックのフィッシュ・アンド・チップスへの思いが募っております。
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