サイバー競馬敗戦記(3月)
3月31日
めすぶたグラスの発送伝票を作りにヤマトの営業所へ。ヤマトの会員サイトに送り先を登録すれば、営業所の端末で伝票を作れるのだ。発送先が30件と多いので、伝票を手書きしなくていいのはとても助かる。
とは言え、それだけの数になると端末を操作してプリントするだけでもそれなりに時間がかかる。端末をいじりながら、パート作業員のおばちゃん2人がけだるそうに話しているのをなんとなく聞いていた。
「昔、時報で会話ができたわよね」
「どういうこと?」
どういうこと? と、私はおばちゃんBに同調した。
「時報を聞いている人同士で話ができたのよ」
「ああ! 懐かしい。そういう噂あったわね。でもそれって本当なの?」
「本当よ。だって私、それで友達出来たんだもん」
そんなことがあるのだろうか。おばちゃんAが嘘を言っているとも思えない。家に帰って検索したところ、本当に80年代にそういう遊びが流行ったらしい。なんて変テコな時代だ。
でも、おばちゃん達から見れば、会ったこともない人達からお金を集め、珍妙なグラスを作って送ろうとしている私の方が変テコに違いない。花散らしの雨。夜に地震。
3月30日
春というのはこんなにも意地の悪い季節だったろうか。暑くさえ感じるような日があったかと思えば、たちまち冬の寒さに逆戻りする。空はなんだか薄らぼんやりとしているし、雨も降る。これでは人が狂うのも仕方ない。
昔、実家の前に住んでいた婆が突然狂った。私たち一家を泥棒呼ばわりし、朝も夜も電柱の陰から我が家の動向を窺っていた。父は味噌汁を飲みながら「火をつけてやろうか」と言った。あれも春だったように思う。
婆は犬を飼っていた。日の差さない半地下のようなスペースにつながれた雑種だった。もともとが座敷牢の暮らしなのに、婆が狂ってからは散歩をしてもらえなくなり、これもまた気が狂わんばかりに毎日吠えていた。
そんな犬を気の毒に思ったのか、近所の人夫が代わりに散歩をするようになった。あの婆がよく許したものだと思うが、意外にも婆は私たち以外の他人と接する時は普通の婆だった。電柱と壁の間に挟まっている以外は。
人夫が近づくと、犬は鎖をちぎらんばかりに駆け寄り、茶色い尻尾をぶんぶんと勢いよく振った。リキという名だった。リッキーだったかもしれない。ジャッキーだったかもしれない。筋肉質で精悍な犬だった。
何か月かすると婆は電柱の陰からいなくなっていた。遠方に住む家族が「どこか」に連れて行ったのだという。やがて犬もいなくなった。いつしか人夫も見なくなり、泥棒の私たちだけが残った。
3月29日
ウィル・スミスのビンタが物議を醸している。私ならどうしただろうと考えてみたが、衆目の中で決まり悪そうに苦笑いするか、冗談めかしながら「おい、ちょっと!」などと突っ込むのがせいぜいだったろう。こんなに意気地のない男と結婚した妻が不憫でならない。
3月28日
日曜の夜は何度も目が覚めてしまう。この不眠は社会人になってからの長い付き合いだ。
初めに入った会社は月曜に会議があった。風俗雑誌を作っている会社だった。私たちは1ページずつたっぷりと時間をかけて女のタトゥーやリストカットが隠れているかを確認した。そして「ヤマザキ春のパンチラ祭り」などと書かれた見出しの出来を論じ合った。
上司の機嫌はいつも悪かった。女の乳首の色や脚の太さやセルライトに難癖をつけた。私たちはたった今がんを告知されたような深刻な表情でその話を聞いた。時にはなぜか謝罪を求められることもあった。ただ女の乳首が黒いというだけで。
日曜の夜は眠れない。業界から足を洗い、あの上司よりずっと年上になった今でも。
3月27日
クソで奈良漬を作ったような一日。昨日の儲けは泡のように消えてしまった。一銭も損をしていないはずなのにこの敗北感は何だろう。ただ一つ言えることは「クソめ」ということだ。
丸田騎手GⅠ初制覇おめでとう。丸田、岩田望、菊沢がワンツースリーを決める世界線で私は生きていなかった。まさかの逃げで中京競馬場の時空をゆがめ、パラレルワールドを創造してしまった横山武史は反省してほしい。あいつなんなの。
3月26日
日経賞、毎日杯ともに勝ち。本日の回収率は230%。
日経賞は昨日の日記で書いた◎〇▲が1~3着。やはりアサマノイタズラなど後ろから行く馬には展開が向かなかった。我ながら完璧な予想だったが、配当が安すぎてトリガミになってしまった。
毎日杯はピースオブエイトがしぶとく逃げた。直線差されそうなところを盛り返した根性が素晴らしい。3着に負けはしたが、ドゥラドーレスの爆発力は凄まじかった。良馬場の東京で見たい。
高松宮記念はメイケイエール、グレナディアガーズの人気馬2頭が大外枠に入った。気性難のメイケイエールにとっては外枠はプラスかと思ったが、ある馬券上手に言わせると「最悪の枠」とのこと。
また、グレナディアガーズも初の1200なのでで割り引いて考えたい。となると、1人気のレシステンシアが堅そうに思えるが、鞍上の横山武とは初タッグとなるだけに若干の不安が残る。
中京1200の重賞で好走歴のある馬が総じて人気していないのも怖い。レシステンシアから流すのか、あるいはボックス買いするのかはもう少し悩もうと思う。大荒れの可能性もありそうだ。
◎レシステンシア
★中京重賞好走馬(近5走5着内)=ナランフレグ、シャインガーネット、ライトオンキュー、レイハリア、ジャンダルム、トゥラヴェスーラ、ダイアトニック、メイケイエール
3月25日
気づけば桜の季節。昔は花見が好きだった。桜の樹の下に大勢の人がひしめき、まだ明るいうちから酔漢が跋扈する非日常な雰囲気に、得も言われぬ一体感と高揚を感じたものだ。
いつからだろう。花見が「DJ機材を持ち込んで騒ぐ若者に舌打ちし、凍えながらビールを飲んでうまくもない唐揚げを食い、翌日たちの悪い風邪をひくイベント」という認識になったのは。
明日の日経賞はタイトルホルダーが1倍台の人気。実績面でも相手関係でも一つ抜けている。ここがメイチではなさそうなのと鞍上がやや不安だが、馬券内は問題ないだろう。
穴ではワイドエンペラーが気になる。初の中山だった前走は後ろからの競馬で0.4秒差の5着。坂でも伸びていたし、出遅れず前目で競馬ができれば面白い存在だ。
4枠の2頭も不気味。コース適正がある2人気アサマノイタズラは展開向かずアタマはなさそう。3人気ディバインフォースも出遅れ癖があり最内は厳しいか。馬連5頭BOXで。
◎タイトルホルダー
〇ヒートオンビート
▲ボッケリーニ
△アサマノイタズラ
☆ワイドエンペラー
3月24日
コロナでいくつか保険が下りる。20代の頃に加入した医療保険がようやく役に立った。ただ、これまでに支払った保険料に対する回収率を計算すると17%程度だった。
中山ダートの三浦を買い続けていた方がリターンが大きかったろう。若く健康なうちから保険になど入るものではない。それは阪神の芝で三浦を買うようなものなのだ。
船橋の最終レース。よくわからない馬が走り、よくわからない馬が勝った。私が買った馬は7着だった。明日には誰の記憶にも残らないようなレース。それでも馬は走る。
3月23日
日経平均は続伸。ダンスを踊りましょう。
しらいしさんが性懲りも無くダブルインバースで損している。ダブルインバースのブームは2年前に終わったというのに。あの頃は1357で損をしてレモンスカッシュを飲むのが最高にイカした振る舞いだった。
私はその損失でミニクーパーを買った。バックミラーに星の砂のキーホルダーをぶら下げて。カー・ステレオからはいつも大瀧詠一の「ロングバケーション」が流れていた。助手席でほほ笑む彼女の顔は思い出せない。
3月22日
電力逼迫でたちまち戒厳令のような世情。日本人はつくづく非常事態が好きな国民だ。みな深刻そうな顔で生き生きとこのハレの日を楽しんでいる。
コロナ禍も最初はハレだった。ところがそれはいつしか退屈な日常の一部になってしまった。そこにやってきた新たな非常事態がこの電力不足なのだ。
さあ、今日はいつもより早く布団に入って懐中電灯で天井を照らそう。光の輪の中から高松宮記念の勝ち馬が浮かんでくるはずだ
3月21日
フラワーカップは3連複と枠連が的中。人気薄のニシノラブウインクが2着に来て配当はまずまず。久しぶりに回収率100%超えで1日を終えることができた。重賞を取ると気分がいい。
昨日注目馬に挙げたキントリヒはまたも2着だった。なかなか勝ち上がれないが、自在性があって決め手も確かなものがあるだけに、上のクラスでも活躍できそうな気がする。
さて、3日間開催が終わった。3日間の回収率は30%だった。資金が3分の1になったというわけだ。せっかくの外出日和に。一日じゅうテレビにへばりついて。それで3分の1。うける。
3月20日
阪神大賞典は勝ち、スプリングステークスは負けた。
阪神大賞典はディープボンドからシルヴァーソニック、アイアンバローズへのワイド2点がどちらも的中。鉄板級の馬がいる場合、あれこれ手を広げるよりもこういう買い方をした方がよいと最近感じている。
スプリングステークスは軸にしていたアサヒがゲートを出ず、早々に終戦した。アサヒは2戦連続のゲート失敗で弱点が露呈してしまった。能力は間違いない馬だけに今後は取捨に迷うことになりそうだ。
明日の注目馬は中山5のキントリヒ。くすぶる私のPOG指名馬のうちの1頭だ。現時点で1人気2.7倍と馬券的には面白みがないが、中山2200では2戦連続で連帯しており、大崩れはなさそう。馬連の軸で。
本日の回収率は63%。マイナスだが昨日よりはマシだ。未来はいつだって過去よりも少しだけマシになるようにできている。少しだけマシなクソ。それが未来だ。さあ、東スポを捨てることにしよう。
3月19日
クソを煎じ詰めたような一日。朝から最終までまるで当たらず回収率は13%。13というのは世界中の国々でクソな数字と言われている。裏切者の数字。死にゆくものが最後に数える数字。思い返せば、私の小学校の出席番号は13だった。要するに今日がクソであることは小学生のころから決まっていたのだ。
阪神最終、1人気の川田は13番だった。なるほどよくできている。クソめ。
3月18日
冬の寒さとどしゃぶりの雨。この時期はこれだから油断ならない。東スポを濡らさないよう懐に入れて帰る。
明日の重賞はファルコンステークスだ。3歳戦ということもあってよくわからない。このコースで安定した成績をあげているショウナンハクラクと、中京マスターの福永に乗り替わったデヴィルズマーブルがいる3枠が面白そうだと思った。
注目は中京8のフェルマーテ。2走前の東京では13人気ながらあわやの4着で悔しい思いをさせてくれた。重馬場でもしまいはしっかり使えるだけに差しが決まるような馬場なら。新人騎手で人気しなさそうなのもよい。複勝とワイドで。
3月17日
「感染症はぼくらの社会をいかに変えてきたのか」という本を読んだ。タイトルの通り、ペストやコレラ、インフルエンザといった感染症が社会に与えた影響を紐解いた概説書である。
歴史や疫学に詳しい人なら既知の話ばかりなのかもしれないが、浅学な私にはどのエピソードも新鮮だった。
例えば、第一次世界大戦のパリ講和会議では、ヨーロッパの戦勝国が敗戦国ドイツに厳しい講和条件を突きつけようとしていた。それを否定的に見ていたのが、戦勝国の中でも発言力が強かったアメリカのウィルソン大統領だった。
議論は膠着していたが、協議を進める中でウィルソンはインフルエンザに感染してしまう。それによってアメリカの発言力が薄れ、ドイツは過酷な条件を飲まされることになる。
結果として、ドイツ経済は著しく疲弊し、困窮した民衆の不満が高まり、それがドイツ労働者党(ナチス)の台頭につながっていく。要するに、インフルエンザが第二次世界大戦のきっかけになったと言えるかもしれないーーというわけである。
さて、コロナ禍が社会に与えた影響は数年、あるいは数十年かけて検証されていくはずだが、コロナが競馬界に大きな恩恵をもたらしたことは疑いようがない。
JRAの2021年度売上高は2年連続で3兆円の大台を達成した。競馬場やWINSの営業が制限されていたにもかかわらず、である。これは私のようなライトユーザーが、インターネットを通じて大量に流入したことの証左にほかならない。
巣ごもり需要で行き場を失ったマネーは地方競馬にも流れ込んでいる。おそらく競艇などほかの公営ギャンブルも似たような状況だろう。コロナで景気が冷え込む中、マーケットが順調に拡大しているめずらしい業界ではないだろうか。
コロナによる追い風が競馬界にどのような影響を与えていくのか、あるいはあまり変わらないのかは今後の成り行きを待たねばならない。願わくば、我々の感染したインチキエンザが、馬とその周りで働く人々にいい影響を及ぼしてほしいと思う。
3月16日
日本ビルファンドから分配金のお知らせが届いた。週末の3日間開催を控えての臨時収入は僥倖というほかない。分配金は1万円とちょっとだから1週分は損できる計算だ。
私は競馬で毎週1万円を失っている。プラスになる週もあるが、無くなる方がはるかに多い。月に4~5万円のペース、年間にしたら50万円程度がなくなる。
そのダメージを中和してくれるのが株の売却益や配当である。私は今年、競馬の負けをすべて株式運用で賄おうと決めた。「競馬の負けは相場で返す」というわけだ。
ただ最近は戦争で株の含み損が膨らんでいる。オリンパスの株価を見るたびに深いため息が出る。なに、相場の負けは競馬で返せばいいだけだ。何も心配はいらない。何も。
3月15日
会社の金を横領して17億円分の馬券を買っていた男がいたそうだ。13年間の累積とは言え、単純計算で1年間に1億3000万円も馬券を購入していたことになる。
外しても外しても自分の財布は傷まない。そんな状態で人は真剣に怒れるものなのだろうか。外差しなのにわざわざ内へ入れて詰まる三浦に。見せ場なく垂れていく重賞2人気の岩田望に。田辺や横山典の出遅れに。わけのわからないタイミングで捲っていくデムーロに。200メートル余分に走る吉田豊に。4着の福永に。大外の川田に。買っていなかったルメールに。
スマイルカナが引退した。好きな馬だった。
3月14日
しらいしさんに続き、アンニュイさんも日記を始めた。日記ブームに火が付き始めた。みんな日記を書いたらいいと思う。
私の学生時代にはテキストサイトブームというものがあり、日陰者たちは猫も杓子も日記を書いていた。恐ろしいほど行間を空けて、オチを極大フォントや赤文字で強調するスタイルや、文学的な言い回しでモーニング娘。への愛を綴るスタイルなどさまざまな流派があった。
面白いものと退屈なもの、まさに玉石混交の世界だったが、当時の人気テキストサイトの管理人がオモコロを立ち上げたことなどを考えると、インターネットで日記を書く試みは現在の(バラエティ系)ネットメディアのルーツと言っていいのかもしれない。
さて、テキストサイトはその後、ブログ、そしてミクシィに回収され、やがてツイッターに流れ込むことになる。人と人が簡単に結びつくSNSはさまざまな体験を与えてくれた一方で、最近は同じところを延々とループしているような感覚を覚えるようになった。
私は長くツイッターをやりすぎたのかもしれない。ツイッターでアウトプットしたいことなど競馬の愚痴以外にもはやないのだ。そしてこの日記でも競馬の愚痴を書く。競馬の愚痴以外に書きたいことがない。世界は「てめえ」と「インチキ」の二進法だ。
3月13日
金鯱賞は負け、フィリーズレビューは勝った。
金鯱賞はジャックドールが優勝した。レイパパレがジャックドールに圧力をかけ、前が消耗するような展開を想定していたが、レイパパレは4番手に控えてすんなりと隊列が決まってしまった。
終わってみればコースレコードでの圧勝。重賞経験なしで1倍台の藤岡佑の馬など来るわけがないと侮っていた。完敗だ。レイパパレは控える競馬で結果を残せたのは好材料だった。
フィリーズレビューはサブライムアンセムが勝った。1人気ナムラクレアは負けたとは言えアタマ差の2着。鞍上がルメールなら勝っていた。1400でのミッキーアイル産駒は押さえておかなければならない。
昨日の日記で取り上げたトリグラフは展開が向かず9着。まるで見せ場がなかったが、1ケタ着順を続けているうちは(中山ダートなら)いつか馬券になりそうな気がする。
土日通じての収支はややマイナス。この程度の負けなら勝ちと言っていいだろう。東スポを捨てる。1日の終わりだ。
3月12日
先週に続いて平場の蓄えをメインで失った。外は春。
昨日の日記で取り上げた阪神6レースのトゥートジボンは1着。どうだと胸を張りたいところだが、トゥートジボン→レッドベルアーム(3着)の馬単しか買っていなかった。おとなしく単複を買えばよかったのだ。
中京5レースではワイド35倍が的中。人気薄のエピファネイア産駒がいい仕事をしてくれた。ゲートを出た直後かかりかけた馬を中団でうまく御した泉谷も好騎乗だった。中京のエピファは買いだ。
明日の注目は中山6レースのトリグラフ。父サトノアラジン、母父クロフネは板橋競馬倶楽部のガーディアンベルと同じ血統構成である。
ガーディアンベルと同様、中山ダート1800で未勝利勝ちがあり、前走の東京では初の1400で出遅れながら4着まで迫るなどスピードへの対応力も見せた。人気もなさそうなので複勝、ワイドで狙ってみたい。
3月11日
私たちはいつまでも震災の話をするのだろう。昭和の老人が戦争の話ばかりしていたように。
明日から3場開催である。小倉や福島なら“捨てる”こともできるが、中山、阪神、中京の3場となるとそうもいかない。中山牝馬ステークスの前に資金がショートしないよう気をつけながら競馬をやっていきたい。
注目は阪神6レースのトゥードジボン。阪神のイスラボニータ産駒はよく走る。出遅れ癖があるものの、藤岡佑から福永への鞍上強化は大幅プラス。レッドベルアームとの3連複とトゥード→レッドの馬単で。
3月10日
確定申告が終わった。医療費控除やらふるさと納税やら。取るに足らない還付金だがないよりはましだ。
昨年のふるさと納税は吉備中央町の引退競走馬支援にした。同町には、引退馬の「第二の馬生」を支援するためのトレーニング施設があり、寄付金はこの施設を運営するサラブリトレーニング・ジャパンの活動費等に使われるということだ。(同団体は元調教師の角居勝彦氏が理事長を務めている)
わずかな寄付金でしかないが、一生懸命走ってくれた引退馬の一助になればいいと思う。ちなみに、本noteにも時おりサポートをいただくが、このお金はすべて引退馬協会に寄付するつもりだ。ただ、想像以上に集まった場合には我が家のキッチンリフォーム費用になるかもしれない。
3月9日
リハビリには丁度いい忙しさ。株価のことを忘れて存分に働き、業後に株アプリを開くと含み損がさらに増えていた。働けど働けど。
金鯱賞の出走馬が発表された。昨年は単勝227倍のギベオンが大穴を開けたレースだ。あの日はいかさんと池袋のHUBでレースを見ていた。
あれから1年が経ったが、街には変わらずマスクの人があふれ、私といかさんとギベオンは1つずつ年をとった。それぞれに負けを重ねて。
3月8日
株アプリとツイッターの反復横跳び。含み損は今日1日で10倍になった。
ツイッターでは大丈夫くんのツイートが野生のツイッタラーの餌食になっていた。鳥貴族と磯丸水産だけを動力源に人類はどこまでも羽ばたくことができるのだ。
若い頃に足を運んだ居酒屋と言えば中野の白木屋だ。高円寺に住んでいた友人としょっちゅう連れ立って出かけた。当時は学生の時分で、きっと色々な話をしたに違いないが、小便器に積まれた氷の量がすごかったことぐらいしか覚えていない。その小便器には新鮮な氷が常に供給されていた。
3月7日
株価は下がる。春の泥のように。
まん防が延長してしまった。松屋、マクドナルド、オリジン弁当という魔のテイクアウトトライアングルからいつになったら逃れられるのか。私はただ、大戸屋で「春あさりのなんとか」みたいなやつを食べたいだけなのに。
3月6日
平場で作った貯金を弥生賞ですべて吐き出して終了。土日を通じて金は減っていないのに、おそろしいほどの敗北感が襲ってくる。
なぜ勝ち金をすべて使い切ってしまうのか。こんなやり方をしていては、プラスで終わることなど一生ないのではないだろうか。
それにしても今日は買った逃げ馬がことごとく逃げなかった。逃げるべき馬が馬群の中で控えていることほど腹の立つ光景はない。
結果など見なくてもわかる。逃げ馬が控えて勝つことなど十に一つもないのだ。直線で沈んでいく。あの馬もこの馬も。くそめ。
大阪城ステークスのバイオスパーク(11人気)は好位からの競馬で5着。坂で伸びきれなかったが、復調気配を感じた。4月の福島に出てくるようなら狙いたい。
3月5日
午前のレースで勝つと気持ちが楽になる。余裕が出ると買い目を広げられるし、ついでで買ったような遊びの馬券が来たりする。
反対に、午前中に一度も当たらず、じりじりと金が減っていくと、追い詰められた気分になり、必要最小限の馬券だけを買うようになる。
必要最小限と言っても当たるとは限らない。というか、そういう精神状態で買う馬券はまず来ない。ツキから見放されているからだ。
つまり、その日に初めて買うレースでいかに勝つかが競馬の要と言える。そう考えて厚めに買った阪神1レース、本命の和田が飛んだ。
掘った穴をどうにか埋め戻した一日。微損。
3月4日
重大な問題に直面してしまった。今の私は東スポを買いに行けない。
妻に頼むしかないが、果たしてそんなことを頼めるだろうか。病床の夫を1週間近く看病し、自身も在宅で不便を強いられながら仕事をしている妻に。ちょっと東スポを買ってこいと。ついでにゲータレードも買ってこいと。言えるわけがない。
もちろん新聞がなくても予想はできるのだが、紙がないと雰囲気が出ない。あの鼠色のしんきくさい紙に、赤いペンでグシャグシャと◎だの○だの▲だのを書き込んでいくのが楽しいのだ。
やはりどうにかして東スポを手に入れたい。赤いペンでものを書くこと以上に爽快なことというのはこの世の中にそうそうないのだ。妻への依頼をゲータレード→東スポの順にしたら、あるいは?
3月3日
気づけば木曜。競馬がやってくる。
発表されたばかりの出走表は宝の山に見える。過去に私を失望させた穴馬が今度こそ馬券になってくれる気がするからだ。
前走惜しくも4着に泣いた穴馬、着順は悪かったがキラリと光る末脚を見せた穴馬、何の見どころもないのになぜか毎回買ってしまう穴馬。
私は穴馬が好きだ。しかし、穴は滅多にこないから穴なのであり、穴馬ばかり買っていると当然のごとく負けが込んでくる。
このままではいけないと買い方を見直し、先週は人気馬の複勝を厚く買ってみたのだが、ダイナミックにお金が減っていくばかりだった。
私はもうどうしたらいいのかわからない。それでもきっと、土曜中山8レースのフェルマーテを買ってしまうのだろう。私の存在そのものが穴なのだろうか。
3月2日
5ー6ー7で入線。112倍の払い戻しが確定した。
このあぶく銭、弥生賞でマテンロウレオの複勝に厚く張りたいところだが、さすがに看病してくれた妻に渡さねばなるまい。異国の神に「富める時も貧しい時も」と誓ってしまった以上、仕方のないことなのだ。
新種牡馬お披露目のニュースを見た。キセキ、ダノンスマッシュ、インディチャンプ。いずれも私が競馬を始めた頃の競走馬だ。とりわけキセキは競馬を始めるきっかけになった馬なので感慨深い。
現役時代を知る種牡馬から仔が生まれ、数年後のクラシックを走る。想像すると胸が膨らむが、その頃の私は血走った目でスプラトゥーン4をやっているかもしれない。
3月1日
熱と咳のせいでまとまった睡眠が取れない。金属バットの漫才を聴きながら、起きているのか寝ているのかわからない状態でずっと横になっている。
昼に税務署から電話があり、資料が足りないので送れとのこと。体調が悪くても税務署には低姿勢で対応してしまう。年貢時代からのDNAである。
換気のために窓を開けるとすっかり春だった。私は同じ寝巻きを24時間以上着続けている。
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