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『子ども白書2023』ができました【4】一部公開 岩川直樹「子どもの声をきく しあわせの方へ」

 今年で59冊目を迎えた『子ども白書』(日本子どもを守る会編)。児童憲章の精神に基づき、子どもたちが安心して暮らし、豊かに育ち合っていける社会の実現をめざして刊行を続けています。今年の特集は「いま、子どもの声を〈きく〉」。かもがわ出版のnoteで内容を一部公開していきます。今回は、岩川直樹さんの特集論文(一部)です。
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特集・子どもの声をきくしあわせの方へ
(岩川直樹/埼玉大学)

子どもの声をきくということ

 「子どもの声をきく」ということ。それが大切なのは誰もがみとめることでしょう。しかし、子どもの声をきくって、なにをどうすることなのか。それを語ろうとした途端、よくわからなくなります。

 そもそも「子どもの声」ってなんだろう。子どもが発する「音声」ではないですね。喫茶店で本を読んでいて近くの子どもが泣き出せば、私はその音声を「うるさいな」と思ってしまいます。そのとき私はその「子どもの声」をきいてなどいません。たんなる「音声」でないなら、ちゃんとした「言葉」なのかというと、もちろんそうでもありません。子どもが言葉にできることなんて、百に一もないのですから。それに、おとなの顔色をうかがうなかで子どものことばは屈折する。

 その「言葉」を鵜呑みにすることが子どもの声をきくことであるはずがありません。ただの音声でもないし、言葉になったものともかぎらない。それなら「子どもの声」とはなんなのか。

 ひとつの答えは、「子どもの思い」のことだというものでしょう。「思い」という言葉は、長いあいだ人びとが大切にしてきた複雑な含蓄があるからこそ、教育学や心理学のなかには位置づくことのなかった言葉です。しかし、人には「思い」があるっていうことを分かち合ってきた人びとの暮らしを、学問はけっしてばかにできない。むしろは学問の仕事はその意味のゆたかさを見つめ直す手立てをこしらえることにあるはずです。一人ひとりの子どもに「思い」がある。求めがあり、願いがあり、不安があり、悩みがあり、喜びがあり、悲しみがあり、諦めがあり、望みがある。それを大切にしたいというのが、「子どもの声をきく」ということなのだという素朴な発想に、私たちの探究の出発点を据えたいと思います。

 ただ、そうだとすると、「声をきく」というときの「きく」という行為の意味は、「聞く」という言葉からイメージされる通常の囲みを突破することになります。私たちは、子どもの思いを目で見て感じることもあれば、腕に抱えて受けとめることもあるからです。しかも、子ども自身が意識していることだけではなく、無意識のうちにからだに表出されていることもあります。その子どものからだとことばの全体に現れるありようを受けとめること。こう言うと、なんかとてもむずかしいですね。しかし、「子どもの声をきく」ということを、そういう奥行きや広がりのある人間のいとなみと見なし、それを大切にすることを中心に据えることにこそ、私たちの社会が「やさしく、かしこく、たくましく」なる道があるのだと思います。

関心=重心移動という出発点

 どんな奥行きのあるいとなみにも最初に踏み出す一歩があります。その動きにこそ「基礎」と呼ばれるべきものがあるはずです。では、「子どもの声をきく」ということの「はじめの一歩」はどこにあるのでしょうかでしょうか。子どもの声をきけないでいた私たちが、目の前の子どもの声をはじめてきけるようになる。その移行の瞬間はどこからはじまるものなのか。一言で言えば、それは「関心」の動きにあると言えるのではないでしょうか。目の前の子どもがいまどんな思いでなににもがきながらどこに向かおうとしているのか。そこに思いが向かう動き。なんだ、そんな「当たり前」のことかと、がっかりしないでください。その人間の自然な動きに深い意味があるのです。「どうしたのかな」と相手の方に自分の重心が移動するそのとき、相手にとっていま世界がどう感じられ、相手がいま世界にどう向かおうとしているのかが感じられてくる。それが感じられるとき、その思いに応えたいという動きがからだの底から生まれてきます。そういう関心と応答の動きがあればこそ、人間はどんな動物にもAI にもないような関係を織りなしてゆくことができるのです。

 「声」という字はもともと「聲」と書きした。「声」はその一部で、古代中国の打楽器を表していています。となりの「殳」はそれを打つ動作ですから、この字の上部は振動を発する側を示しているのだと言えます。おもしろいのはその下に「耳」があることで「聲」という字が成り立っていることにあります。…
(続きは『子ども白書2023』でお読みください。)

日本子どもを守る会編『子ども白書2023』
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