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08/15 終戦の日

77年前を経験している母親

今日は1945年に第二次世界大戦が終結してから77年目の日。
母親は昭和10年生まれなので、この日の様子を覚えており、朝ご飯を食べながら当時の話を聞く。
玉音放送の内容は理解できなかったが、大人たちが泣いているのは分かった。しばらくして進駐軍が何度か入ってきて、日本の文化である着物とかと交換に食料をもらったりしたそうだ。
畑を持っていたこともあり、幸い食べ物にはさほど困らず、何とかやりくりできていたらしい。
父親も祖父も既に他界していますが、聞いたところでは終戦まで今の地にいたらしく、焼夷弾で火の海になると馬込川に飛び込んだりして逃げていたということでした。

38年前は甲子園球場だった。

その約半分ほど前となる昭和59年は甲子園球場で2回戦の応援をしている時でした。12時少し前にプレーが止まり、全員でサイレンと共に黙祷をしたことをよく覚えています。

日本の鉄道路線と空港に降り立ち、車も使って観光した経験を広めてみたいと思って書いています。 旅行の参考にしたい方の参考になればと思います。