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11月19日のお話

王様になりたいという相談者が訪れたら、あなたはその相談者になんとアドバイスをしますか?

これは私たちが暮らす世界とは少し違う世界のお話です。風景や生き物、人間と呼ばれる種族がいることなど、その世界は私たちの世界ととてもよく似ていますが、彼らは何度かの突然変異と文明の入れ替えを経た長い歴史を持っています。

今は一部の人が魔法を使い、多くの人が科学技術を使う時代。人間の居住区にだけ都会の街並みと自然が共存し、その他の大地は荒れ果てている。そんな世界のお話です。

4203年11月19日

太陽が昇らなかった日から、1年半が過ぎたこの日。コーディネーターのカリノからの仕事の依頼を受け、ヒイズは少し遅れてクライアントの屋敷に到着しました。カリノは先に入って準備をしているらしい。門番に名前を言えば良いとカリノから言われていたため、普通に通してくれるのかと思いきや、門番は無表情のままヒイズに質問を投げかけました。

「王様になりたいという相談者が訪れたら、あなたはその相談者になんとアドバイスをしますか?」

「…はい?」

戸惑うヒイズが沈黙すると、門番も目を合わすことなく沈黙を決め込みます。答えなければ通さぬという圧をひしひしと感じる状況です。カリノの説明に、こんなものはありませんでした。「あいつ…。」と苛立ちながら、ヒイズはなんと答えるべきかと思考を巡らせます。もしかしたら謎かけの類いかもしれませんが、謎かけは得意ではありません。実際に目の前の人物がクライアントなのであれば、答えよりも質問を返したいところなのですが、相手は無表情の門番です。

飛んだ茶番に付き合わされているのだとすれば、そこに忖度は必要ありません。ヒイズはふいっと門番に向き直り、一言だけ、こう言いました。

「足るを知る必要がありますね。」

一瞬の沈黙の中に、門番が明らかに驚いた表情をよぎらせました。ヒイズが見返した時は元通りの無表情に戻っていましたが、確かに何か変化がありました。重々しい音が鳴り響き、屋敷の門が開かれます。

「ようこそお越しくださいました。ヒイズさん。」

門の向こうには、クライアントであるダイモンド卿、その少し後ろにはカリノの姿もあります。満足そうな微笑みを浮かべるダイモンド卿とは対称に、カリノは少し驚いたような珍しいものを見るような表情でヒイズを見ています。

ヒイズが「どうしたんだ」と口を開きかけたのを遮るように、カリノが肩をすくめ、ダイモンド卿が「試すような真似をして申し訳ないと思っています。」と頭を下げました。

立ち話もなんなので、と促され、ヒイズたちは応接室に案内されました。

明らかに高級そうな香りのするお茶が提供され、改めて、という雰囲気の中でダイモンド卿はヒイズに問いました。

「先程の回答はとても興味深いものでしたね。もう少し、詳しく教えていただけますか。」

ヒイズがカリノからもらう仕事は二種類です。一つは仕立て屋(本業)の仕事。もう一つは、コトダマ派という派閥の魔法使いでもある彼の魔法使った治療の仕事です。治療するのは、不登光症候群という、医科学的には全く問題はないのに、さまざまな不調を訴え、しだいに生きることが困難になってしまう流行り病です。

今回は仕立てではないと聞いていたのですが、どうやら目の前のダイモンド卿は不登光症候群でもなさそうでした。

ヒイズは目線をカリノに移し、どういうことか?と睨みつけます。するとカリノは先程のように肩をすくめると、口の動きだけでこう伝えてきました。

「し・ご・と」

やれやれ、とそっとため息をついて、ヒイズはダイモンド卿に向き直ります。

「王様になりたい、という相談でしたね。」

「そうです。その回答について、詳しく教えてください。」

「卿が、王様になりたい、という前提で相談に乗らせていただけば良いと言うことですか。」

ヒイズはこの風変わりな依頼に対し、慎重に前提条件を探ります。

「そうですね。そういうことにしていただいて構いません。」

妙な言い回しで肯定するダイモンド卿に違和感を感じながらも、そういうことでしたら、と改めて姿勢を正しました。

「僕の質問にも答えていただかなければいけません。」

「わかりました。」

そのやりとりの中で、三人がいる室内の空気が整えられ、ヒイズとダイモンド卿の対話が始まりました。

対話の中で、卿が思い描く王様について、以下のようなイメージを引き出しました。

王様は「一国を任される王」で、国の大きさはこだわりはない。
いくつかの街を束ね、数万人の人が幸せに暮らす国の良き指導者。
敵対勢力はもちろんあるが、基本的には慕われている。
慕われる理由は、国民の幸せのために全責任を負うというスタンス故。
周囲への影響力も大きく、人々の憧れでもある。

「素晴らしいリーダーですね。卿の思い描く王様は。」

一通り聴き終えて、ヒイズは微笑みながらダイモンド卿の志を肯定しました。そしてひとしきり共感をした上で、そうあるために、今の自分自身に「ある要素」と「足りない要素」を質問していきました。時に、足りないと申告した能力について「それは見方を変えればこういう能力が“ある”ということになります。」などとアドバイスし「ある」を増やすように対話を続けるのがヒイズの特徴でした。

「あぁ、なるほど。ヒイズさん。そういうことですか。」

ヒイズの質問がおおよそ終わった頃、それに答え続けていたダイモンド卿が急に何かを思いついたように大きな声をあげました。

「ヒイズさんの質問に答えているうちに、私はわかりましたよ。自分のやるべきことが。これがあなたの魔法でしたか。」

これまで、弱っている患者ばかりを相手にしていたこともあり、ヒイズはその先回りしたようなリアクションに一瞬面食らいました。最後の人おしの言葉(ヒイズの魔法の流派ではそれを“言霊”と呼びます)を伝える前に、自分でそれを見つけて得心している相談者は意外と珍しいものなのです。

「卿、あなたは何をお気づきになられたのですか?」

ヒイズがそう問うと、ダイモンド卿は「ふむ」と視線を左下に落としました。自分の中に湧き上がった“答え”をおそらく言語化しようとしているのでしょう。ヒイズが少し緩くなったお茶を一口飲むくらいの沈黙を溜めた後、彼は言葉を探しながら、話出しました。

「私はまず、もっと自分のことを知らなければならないんでしょう。自分に何ができて、何が特別素晴らしく、一般的にできるのはどれで、頑張ればできるのは何かをもっと理解しておきたい。未来の伸び代も含めて。そうすると、足りないところを補う側近を探すことができますね。そのためには出来ないことを公表しなければいけないかも知れないですが、なりたいのは国民の幸せの全責任を負う王様です。重責を負うため、なりふりなんて構っていられません。自分が何を学ぶ必要があり、何を手伝っていただく必要があるかを正確に知っていないと、国民の幸せへの責任を負うなんて出来ませんからね。」

いやはや面白い、面白い、と満足げにうなづくダイモンド卿の前で、ヒイズは興味深そうに彼を見つめて言いました。

「本当に良い王様になれそうですね、卿は。でも本当に卿がなりたいのは、王様ではなさそうだ。」

「ほう」

ヒイズの言葉に、一瞬で真顔に戻ったダイモンド卿の目が、明らかにキラリと光ります。図星だったのでしょう。

「僕の想像が当たっていれば、の話ですが、卿はおそらく本当になりたいものにも、確実になれる力量をお持ちだと思います。なってどうしたいのか、という点は若干気になりますが。」

「ヒイズさん、それはきっと当たっていて欲しいものですね。」

そうやってヒイズに応答した時のダイモンド卿の表情は、先ほどまでの、柔和な笑顔に戻っています。その様子を見て確信を持ったヒイズは、同じように柔和な笑顔を返しながら、こう言いました。

「なってどうしたいのか、ということは、なった後にぜひ教えてください。」


いつもの倍額近くの報酬を受け取り、ヒイズとカリノは帰路についていました。二人で仕事をするときは、いつもこの帰路の時間で、カリノがヒイズに質問をする形で仕事のフィードバックを行います。しかし今日は、ヒイズからの「どういうことか説明しろ」という強めの質問がカリノに詰め寄りました。

「私だって、知らなかったのよ。同じように門番に質問をされて。」

いいわけじゃないわよ、本当のことよ、と何度もくりかしながら、カリノは、自分も同じように質問に答えさせられたこと、そしてダイモンド卿に会ってその質問の意図を説明されたことを白状しました。

ダイモンド卿の話によると、彼はこれまで、カリノやヒイズのような外部の専門家を全く信用してこなかったと言うのです。特に最悪なのが、門番の問いに対して「王家の娘と結婚する」とか「権力を握る」「選挙に勝つ(王政が選挙制なのでしょう)」「侵略する」などという回答を出した者達だったと言います。

彼の言葉をそのまま借りると「そういうミテクレや肩書き、血統などでしか王、指導者を定義できないような人物は大した仕事はしない」と言うことのようです。経験則です、と付け加えていたときの卿の顔は険しかったとカリノは振り返りました。

「なるほど。」と、ことの顛末をようやく腹落ちさせてヒイズはふとカリノを見て尋ねました。

「それで、なんて答えたの?カリノは。門番の質問。」

その問いに、カリノは“覚悟はしていたが答えたくない“と言う反応を見せます。どうせそうだろうと踏んで質問したヒイズは、視線を逸らさずに無言で答えを求め続けます。

「わかったわよ、言うわ。言うけど、コメントはいらないからね。」

ため息をつきながら、カリノは観念してその門番に向かって言ったセリフを再現しました。

「足るを知りなさい。大それた事を軽々しく言うものではないわ。その覚悟はあるの?」

FIN.

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