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6月27日のお話

「竹害を解決するため、私たちの街では、竹炭の開発と竹細工が盛んになり…。」

商談ブースと言われる、長机一つを挟んでパイプ椅子が二つずつ向かい合わせに置かれている空間を、加納雪枝は大嫌いでした。

今日は付き合いで参加している地方銀行連合主催のビジネスマッチング大会の二日目。

「ありがとうございました。良いお話を聞きました。今月の社内の商品会議に推薦いたしますので、この項目に関して、資料をお送りいただけますか。」

にっこりとほほ笑むと、彼女はファイルから一枚の紙を取り出し、ゆっくりとした手つきでそれを相手の方へ差し出しました。

かつて筍の収穫のために増やされた竹は、その需要の低下と共に放置されました。収穫する人々の老齢化も一因とされていましたが、放置された竹は周囲に根を伸ばし、周囲の森や山に竹が無秩序に侵食するのが、竹害です。

雪枝は目の前のつなぎ服姿のおじさんたちに気づかれないようにこっそりため息をつきました。人間が勝手にやったことで、ただ生きている竹を害呼ばわりすること自体が納得いかないし、山間部で目立った産業のない地域の人たちは判を押したように同じことを言うのにも辟易していたのです。

渡した紙には「販売情報シート」というタイトルの下に、商品名、価格、ロット、ターム他、第三者評価の有無や、エビデンス、独自性や希少性、その地域の産品としての必然性などを記入するように指示されています。受け取った方は、その内容をよく読みもせず、雪枝の「商品会議に推薦」という言葉だけを切り取って喜び、もう売り込みを成功したような満足げな顔つきになっていました。

「あなたのような優秀なバイヤーさんに巡り合えてよかった。どうか末永くよろしくお願いします。」などと頭を下げて「商談ブース」を退席していきます。

雪枝は最後のひと頑張り、という飛び切りの笑顔を作り、手を振ります。これは彼女なりにあみ出した、商談相手と好印象で別れるやり方でした。(そしておそらく二度とアポには応じない)彼らは会社に戻り雪枝からの「宿題」を部下に押し付けるのでしょう。そして部下が全く質問に答えられないと泣きついてきた時に、ようやく、この商談が「商談」にすらなっていなかったことに(勘が良い場合は)気づくのです。

バイヤーという肩書を仕事上名乗っている雪枝は、昨日から今日にかけて、すでに20社以上の「ものづくり企業」と30分の「商談」をしていました。去年も一昨年も参加しているので、そこに参加する企業のレベルはわかっているつもりでしたが、今年はいつになくがっかりするような物が多いため、作り笑顔ももはや限界です。

これ以降に参加する企業に対しては、笑顔は無理かもしれない。そう心の中でぼやいた時、目の前に次の企業の担当者が着席しました。

「はじめまして。武蔵屋百貨店の加納です。着席のままで失礼します。」

反射的に、笑顔を戻して名刺を差し出す。受け取ったのは、先ほど来の「おじさん」たちとは対象に、30代前半くらいの勘の鋭そうな若い男性でした。

「丹後久浜町の、笹森商店、笹森です。」

名刺には代表取締役とありました。二代目さんかな?と雪枝は思いながら、事前に配布された資料をめくり、該当のページを探します。名刺のデザインや、彼自身の服装のセンスの良さから、少しだけ商品に期待できそう。そう思いながら、笹森商店という文字に手を止めてみると、そこには小さな豆電球型のピンバッジや、レトロな風合いの風鈴のような豆電球のインテリアなどの写真が掲載されていたのです。

豆電球…?

よく見ると、笹森のスーツの胸ポケットにも、商品カタログに掲載されている写真と同じ「豆電球のピンバッジ」がついています。雪枝の不思議そうな表情を感じたのでしょう。さっそくですが、と笹森は商品の説明をはじめました。

その説明がはじまると同時に、雪枝は資料の中に「竹害対策として」という文字を見つけ、目の前のいる青年には申し訳ないと思いつつも、一気に聞く気をそがれてしまいました。しかし、なんとなく、竹害対策と豆電球の接続が納得いきません。彼が持参している豆電球のいくつかの商品にはいずれも、竹らしい素材は使われいなかったからです。雪枝は、「いったい何が竹なのか」むしろその点の方が気になってしまいました。

その雪枝の疑問に対する回答はのべられないまま、笹森の説明はひと段落した様子です。おそらく10分ほど話されていたのですが、そこで彼女が得た情報と言えば、豆電球のピンバッジは男性向けだがテスト販売では意外と女性の購入者が伸びていること。風鈴のような豆電球のガラスは、日本海で使ったガラス浮球と同じガラスで作られており、久浜の地域産業にも貢献していること。そして、三つ目の主力商品として開発中のものが、豆電球型の「お守り」で効能は「恋の長続き」だということでした。このお守りを、百貨店の若者向け婦人雑貨アイテムとして見てもらいたいというのがこの時間の趣旨のようです。

「何か、質問などございますでしょうか。」

そういう彼に、待っていましたとばかりに雪枝は質問をなげかけました。

「不勉強でもうしわけないのですが、この資料にある竹害と、豆電球をコンセプトとしたアイテムの関連性を教えていただけますか。そして、豆電球が恋の長続きの効能を持つお守りという点も…そうですね、一作目の「ひらめきピンバッジ」はわかりやすいですね。でも恋というのは…」

バイヤーである自分が理解できないことを、店頭で顧客に理解してもらおうというのは無理な話です。何か特別な理由があるのであれば、資料に記載するのは当然ながら、販売時のPOPなどにも書いておかなければいけません。そういうことを暗にほのめかしながら、彼女は丁重に、しかしプロの威厳をもって尋ねました。

すると笹森は「あぁ、確かに。そこは説明が必要ですね」と納得したようにうなづき、雪枝の手元にあった資料を、さっと自分の方に引き寄せると、持っていたボールペンでさらさらと何かを書き足しました。

「こういうサブタイトルをつけるってのはどうでしょうか。」

戻された資料に目を落とすと、そこには「エジソンが見つけた長時間燃え続ける竹フィラメントを再現」と走り書きのように追記されています。

「エジソン…?フィラメント…。」それでも首をかしげたままの雪枝を見て、笹森は「え?」と驚いたように見せて、こう続けました。

「あれ、もしかしてバイヤーさん、知らないですか?エジソンの、真竹のフィラメントの話。」

少し馬鹿にされたようなニュアンスが気になりながらも、雪枝は正直に知らないことを明かしました。すると、えー、まじで、と頭を抱えながら、笹森は何かを考えて鞄の中をガサゴソとあさりだしました。

そして、取り出したのは一冊の本。「エジソン 魔術師といわれた発明王 (学習漫画 世界の伝記)」という古めの絵柄の漫画です。

「あの、これ、次回までに読んでおいていただけますか?」

雪枝は一瞬きょとんとして、思わずその漫画を受け取りました。これまで、自分が宿題を出すことはあっても、宿題を出されたことはありません。そういう驚きもありましたし、エジソンの漫画が出てくるという意外性に、彼女は思わず、頷きました。

それからは、時間切れということもあり、特に何も話さないまま、商談の時間は終わり、笹森はさっと帰っていきました。

翌日、商談会を終えてすぐに読み終えたエジソンの漫画を握りしめながら、雪枝は笹森に連絡を入れました。「読みました」という連絡と、「恋の長続き」はやはりどうかと思うという意見を伝えるためです。

借りた漫画を読み終えた時、なるほど、エジソンが豆電球のフィラメントの燃焼時間を延ばそうとして様々な素材を試した中で、日本から取り寄せた真竹が一番長続きし、電球の実用化にその竹が大変貢献したというエピソードを知り、竹と豆電球の繋がりは理解できました。

しかし、竹の新しい活用方法という割に、フィラメントです。それでは竹の消費量はごくわずかで、爆発的に売れても竹害の防止にどこまで貢献できるかははなはだ怪しいものでした。

それに。

「恋の長続き」というのは、一見縁起が良いようで、しかし最後には燃え尽きてしまうところを想像してしまい、妙に物悲しい気持ちになりはしないでしょうか。雪枝は、電話越しにそう指摘しました。

「なるほど…。」と神妙な声でその指摘を受けると、ふと、声のトーンを変えて笹森はこう続けました。「それにしても加納さん、妙に物悲しい、というあたりの表現がとてもリアルでしたが、ご経験からですか?」

「は?」

相手が商談相手ということを忘れ、雪枝は思わず声をあげました。笹森はそんなリアクションすら面白がる感じで、「いえいえ、すみません。女性の意見は参考になります。ありがたいです。」と形上は訂正と謝罪をしました。

そうなると雪枝も、それ以上つっかかれません。「では、本もお返ししなければいけませんので…来週当たりに再度お打合せを…」と業務的に返しました。

…………

それから4か月後の10月某日。閉店後の武蔵屋百貨店の搬入口に出入りする、笹森の姿がありました。1階の展示スペースに、台車にのせた段ボールを何往復もして運んでいます。

そんな様子を、雪枝は後輩の香坂麻里江とともに見守っていました。最終的な陳列状況を、買付責任者としてバイヤーとアシスタントバイヤーが立ち会うのを待っているのです。

雪枝が、笹森との商談のエピソードを麻里江に話した時、麻里江は「加納先輩にもついに!!」と大騒ぎをしたものでした。そのくらい、その後の雪枝と笹森の商談や打合せで語られる笹森の雪枝へのちょっかいは、男女の駆け引きともとれるようなものが多く、頻度も笹森が店に下見に来る回数も、麻里江から見ても明らかに多かったのです。

しかし。

「笹森さん。エジソンのそのポスターは、貼れませんよ。申し上げたじゃないですか。」

雪枝は笹森のアプローチを徹底的にかわし、今も淡々と彼に指示を出しています。

「厳しいなぁ、雪枝さんは。」と、いつの頃からか笹森は雪枝のことを名前で呼び始めていた際も、麻里江はいち早くそれに気づき、二人の仲の進展をしつこく聞き続けました。結局、雪枝の鉄壁の防御により、全くそういうことがないのだと理解した時の彼女の落胆は大きなものでした。

今日も相変わらずそんな素振りのない雪枝を見て、麻里江はこっそりと雪枝に言いました。「先輩、そんなだから、男が出来ないんですよ」

雪枝は、余計なお世話ッと軽く後輩をいなすと、くるりと踵を返すと、バックヤードの方へ笹森を手伝うために追いかけるふりをして、後輩の追及を逃れました。

何度目かの打合せのあと、食事でもと誘われて一緒にすごしたときのことを思い出します。食事を終えて店を出たところで、笹森は雪枝に自分の気持ちを伝えました。電球のように終わりのある恋にはしないから、という言葉には、はじめての電話でのダメ出しを思い出すような響きが込められていました。そんな笹森に、雪枝は少し悲しそうな表情をして、うつむきます。

「ありがとうございます。でも…。」

雪枝は、仕事に恋愛関係を持ち込むことが嫌でした。どうしてもプロ意識を濁らせるように感じてしまい、譲れないことだったのです。だから正直に、笹森に対して伝えました。

「私は仕事上で取引のある方と恋愛は出来ません。だから、私が笹森さんのお気持ちに応えるということは、笹森商店の商品を採用しないことになってしまいます。」

ごめんなさい。と消えるような声で伝える雪枝に、笹森は、そんな気はしていました。と穏やかに言いました。そして、むしろそのくらい、うちの商品を買い付けたいと思ってくれているということは、僕は喜ぶべきですよね。と笑顔を見せて、その日は別れました。

「手伝います。」

そういって、バックヤードで最終の検品をする笹森の横に雪枝が座った時、笹森はそっと言いました。

「この期間がうまくいけば、笹森商店は、武蔵屋百貨店が認めたというブランドを得ることが出来ます。本当に、雪枝さん、ありがとうございます。」

「いえ、商品が、とても良いと思ったので。それに、恋愛を長続きさせるお守りというコンセプトも変えてくださったし。」

雪枝は、あの電話の次の打合せで、エジソンの伝記を読んだうえで「恋愛を長続きさせるお守りよりも、世界中から最良の相手を選んだエジソンの熱意と努力にフォーカスした、いつか出会える、自分の求める理想の人に会えるお守り」という提案を持ちかけました。すでに商品パッケージも完成直前だったという状況で、色々な投資を棒に振る変更を持ち掛けた雪枝に、笹森は少し考えて、わかりましたと承諾したのです。

「はい。これを機に、自社のWEBサイトでも販売が伸びるように、PR活動により力を入れていくつもりです。それに…。あのアドバイスのおかげで、僕も恋愛観が変わりましたから。」

雪枝は、意味深にそう答える笹森と目が合った瞬間、どきっと自分の胸が高鳴る音を聞きました。

「自分の求める理想の人を手に入れるまでは、軽々しく、人と付き合ったりしませんよ。」

えっ?と聞き返そうとした瞬間、笹森は「あ、割れが!」と慌てた声をだし、他にはなかったかなぁと段ボールを再度覗き込みました。

急に変わった空気に肩透かしをくらいながら、雪枝は検品管理の伝票をとり、不良品の欄に正の字で「一」と書き込みました。伝票のタイトルには、笹森商店様という文字。その横に、「初回商談」という欄があり、2023年6月27日という日付が、自分の字で記載されていました。

この時の自分と、今の自分と、彼氏ナシ、アラフォーという身分は全く変化していないけれど、雪枝にとって6月27日という日付は、少しだけ特別な日付に不思議と思えてしまうものでした。

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