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6月30日のお話

長雨晴れ間なき頃。

そんな言葉から始まる、源氏物語の一節があります。

雨が続いて外に出られない梅雨の時期。普段恋話をしない男性たちが、お互いの好きな女性のことを話題にあげてしまうほどに暇を持て余す。そんな、平安時代から変わらぬ本格的な梅雨が、今年もやってきました。

7日間降り止まない大雨のせいで、漁にも出られず畑にも出られない。工事現場も完全クローズで、天気に仕事が振り回される職業についていた3人は、仕事もできないしとりあえず、ということでヤスの家に集まっています。

ヤスは漁師。缶ビールを片手に、昼から飲む酒はうまいが、仕事後の酒の味には敵わないとつまらなそうに話します。幼なじみのタケは土建屋の跡取り。工期が伸びれば人件費が嵩むと頭を抱えながら焼酎をあおり、農家のセガレのマサは田んぼの収穫に響くのではと心配するふりをしながら、ワインのボトルを脇に抱えていました。

ヤス、タケ、マサは、この気仙沼周辺ではちょっとしたワルで有名な幼なじみトリオです。ワルで有名と言っても、となりの仙台にいる、本格的なワルたちに比べると可愛いものです。都会のワルは、本当に悪党だからいけねぇ、と批判するのが彼らの常でした。

こうも雨が長引くと、仕事の愚痴も一通り喋り尽くしてしまい、残された話題はオンナのことだけ。話題は次第に、年に一度ある、梅雨の時期の恋話定期報告会の様相をおびてきました。

本当は聞いて欲しかったのがバレバレなのは、ヤスです。言わねぇつもりだったんだけどよ、と前置きをして、実は8つも年上のオンナと、結構いい感じなんだと打ち明けました。二人は特に驚きません。ヤスの年上好きは今に始まった事ではないからです。

「今度はちゃんと、人妻以外にしろよ」

マサが釘をさすと、ヤスはそれがさ、とバツが悪そうに頭をかきます。またこいつ、と二人から呆れた空気が流れているのに、彼は全く気にしていません。安定感があるんだよ、一度結婚してるオンナはさ。と、言い訳にならない言い訳をします。

「お前、そんなだから結婚が遠ざかんだぜ」

昨年も確か、二つ上くらいの人妻に本気になりあったと騒いでいましたが、うまく事が運ばなかったから、今年は相手が急に6歳も歳をとっているのです。

こりねぇなぁ、と笑うタケに反撃するように、今度はヤスがタケのこんな噂を持ち出しました。

「そういうお前は、結婚してるくせに、まだあの若い子にうつつを抜かしてるってぇんだろ。」

ヤスが言うのは、タケのキャバクラ通いのことで、港に魚の加工の手伝いにくるタケの祖母の仲間たちの嘆きが情報源になっています。

嫁ちゃんがかわいそうだ。と、指摘すると、嫁は嫁、ミキちゃんはミキちゃん。と平気な顔をしていいのけます。町一番の土建屋の羽振りの良さは、ちょっとした不景気ではびくともしないようです。

そのさ、ミキちゃんって子はタケを客としか見てないんだろ?マサが当たり前のように真実をつくが、タケにはそれは関係ないようです。客には違いないが、それ以上の信頼関係がないと、3年も続くかい!と声を張り上げます。

はいはい、と肩を竦めるマサはというと。

最近、セカンドビジネスで始めた加工業があたり、一躍、伊達藩の次世代農家として注目の的になっていました。ちょうど、若手起業家がメディアにもてはやされる昨今と重なり、テレビや雑誌の取材が多く、軽くタレント扱いです。

おい、見たぜ。この前の、昼のワイドショー。

マサは独身で長身、日焼けした肌がワイルドなのに甘いマスクというキャラクターをネタに、公共の電波で好みの女性についてインタビューを受ける羽目になってしまったのです。

あれな。と興味なさげに話すものの、目立つことを好まないマサにとっては苦痛以外の何者でもなかったと、二人は知っていました。だからこそ、それをネタにとりあげるのです。

好きな女のタイプ、責任感のある人って、真面目かよ。あと、なんだっけ。笑顔が良くて、仕事が好きで、自分を持っている、とか?そんなやつ、農家に嫁ぐかよwって、なぁ。

意外と正確に覚えているタケは、だからお前も彼女できねぇんだよ、と説教じみた様子でマサに詰め寄りました。

ブランド戦略だよ、戦略。そう言っておけば、俺のイメージも、あがるだろ。ちゃんとした女性を好きな、今時の男性なんだって。と、毎回使って使い慣れているような言い訳を並べて応戦するマサに、「いや、ちょっと待てよ。」とヤスが口を挟みました。

「今のさ、マサの好みのオンナって、高校の時の生徒会長先輩じゃね?」

えっ?と固まるタケと、うっ、と図星という表情をするマサ。ヤスのその言葉に、三人は高校時代に男子の憧れの的だった、女生徒会長の顔を思い出していました。

お前も、あの生徒会長先輩のこと好きだったのか!と、タケが驚くのも仕方ありません。当時、一年生の男子がこぞって憧れるなか、マサだけは、興味ないという反応を貫き、ホモ疑惑まで出ていたからです。

ヤスは言います。「おまえ、ここまで具体的に好み言うと、地元の奴ら結構わかるぞ。」もしかして、本人にも伝わったらいいなとか思ってるとか?と、タケのテンションもあがります。そう言う狙い方ずるいぜ、と、囃し立てるふたりに、マサはぶっきらぼうに、ぼそりと答えました。

「良いんだ。伝わらなくて。」

憧れの先輩は、彼女とかにするの、無理だろ。俺なんかだと、先輩と釣りあわねぇし。

そういうマサの態度に、二人はつまんねぇなぁとブーイングを投げつけました。それらを交わすように、マサは付け加えました。

「それに彼女、できたから。先月。」

そのマサの言葉に、ふたりはナニー!と前のめりになり驚きます。証拠だと言わんばかりに差し出されるマサのスマホの待ち受け画面には、可愛らしく、小柄で柔和そうな女子が控えめに微笑んでいました。

好みのタイプとは真逆の写真に、一瞬ふたりは反応を躊躇しましたが、次の瞬間には、お互いに何かを悟ったように、再び先のテンションに戻り、出会いは?どこ中?告った?と質問攻めです。

2017年6月30日。

梅雨の長雨は明日も続く予報です。30歳を超えて、それなりに色々あった彼らでも、やはり、長雨には恋話が盛り上がるのでした。


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