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夜を歩くと桜の薄い色

夜一人で歩くのは実に楽しい行事である。

一人で歩けばこの身に纏わりつく煩わしさから解き放たれる。

夜はよく見えないのも良い。

見えなければ何か無いものを見るのも容易いし、聞こえない音を聞くのも簡単だ。

あるはずのない幸福な生活を見るのも、いるはずのない巨人を見るのもいい。

楽しい時間である。

夜の校庭のそばを通ると、昔見た学校とは違うものが見える。

三年も通っていた校舎は妙によそよそしかった。

この心の冷えようだから、もう心の中にこの場所が占める場所は無い。

夜に見える桜の乱れ咲く薄い色だけは優しい。

まだ冷たい風が吹いていても、少し揺れるだけで愛らしく見える。

太陽の下の桜はあまりにはっきりと映りすぎて見ていられないのだ。

学校を抜ける間に何本もの夜桜を見たが、みな静かに目を覚まして微笑んでいる。

朝や昼の桜は多分嘘だ。

余所行きのカッコウをして、無理をしているに違いない。

夜だけが桜の友で、夜だけが桜の恋人で、夜だけが桜の生涯の伴侶である。

僕は今年も良い春が来たのだと満足し、微笑みながら眠った。


散文詩自注:夜に母校を通った時、驚くほど懐かしさを感じませんでした。校舎、体育館、校庭。どれも私を歓迎していないようでしたが、桜だけは私を愛想よく迎えてくれていたようなので、お礼として拙い散文詩を書きました。

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