もはや曖昧では済まされない

(2004/05/14記)

 戦後一貫して総中流意識を抱いてきた日本でも、格差拡大への懸念が広がりはじめて久しい。2003年のサントリー学芸賞(政治経済部門)を制した玄田有史さんの『仕事のなかの曖昧な不安』(中央公論新社)は、漠然とした不安に晒される20、30代を取り巻く労働環境と、彼らの意識を綿密なデータに基づいて描き出している。

 日本では、雇用環境が厳しくなるたび、中高年の失業問題が執拗に取り上げられる一方、若年雇用の減退について、深刻に語られることが少ない。フリーターやパラサイト・シングルの増加を根拠に、就業意識の低い若者に問題があるとの指摘さえある。

 しかし大卒の多くが勤める大企業では、労働者の解雇がほぼ不可能なので、どれほどリストラが言われようと、とくに大学卒の中高年はほとんど失業していないのが現実である。企業は実際には、若者の新規採用をやめることで社員の増え過ぎを調整している。

 玄田さんは「若者と中高年が、限られた仕事の奪い合いをしている。とくに中高年がその既得権としての雇用機会を維持するため、若者から働きがいのある仕事の機会を奪うといった状況が強まっている」と喝破し、この「仕事格差」こそ問題だと指摘する。

 パラサイト・シングルについても、子どもが豊かな親に寄生しているのではなく、親世代が十分に子どもを養うことができるだけの給与体系や雇用制度など、社会システムに寄生している可能性を示し、働く機会の確保という、社会的公正を実現するよう主張する。

 戦後日本の社会・経済システムを確立したドライブ、高度成長には、「団塊の世代」が労働力として中心的な位置を占めるという大前提があった。かつての巨大な労働力が老い、セーフティネットに依存するだけの塊になろうとする今、対策を打たなければ仕事格差が世代格差となって、世代対立を生むことは避けられない。玄田さんの危機意識もまさにそこにある。

 サントリー学芸賞の授賞式で壇上に立った玄田さんが「こんなに偉い人たちの前でお話しする機会はそうありませんからお願いします。20代30代に責任のある仕事をさせてください。そうしなければ日本は変わりません」と述べて深々と頭を下げた姿が今でも印象深い。

 改革への道は未だ遠く、若年の雇用よりは定年制延長の議論ばかりが盛んだ。老いも若きも、改めて読み返してほしい一冊である。

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