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大パニック

(2016/05/04記)

 テレビを付けるといきなり激しい爆発音が耳を叩き、視界を遮るような黒煙が目に飛び込んできた。何の迷いもなく、テロだ、と感じた。トルコの市街かと思ったが石壁の続く町並みの様子は都市部ではなさそうだ。

 現場からの中継と思しい緊迫した英語のレポートが断片的に、複数犯による自爆テロであること、相当数の死傷者が出ていること、ISに関係する組織が犯行声明を出していることなどを教えてくれた。カメラは混乱する現場の様子を舐めるように映し出している。銃声がする。怒号が飛び交い、子供のものとも女のものともつかない悲鳴が尾を引いた。

 そのとき、カメラは道ばたに倒れた一人の人物にズームで寄った。急に心臓が早鐘を打つ。私はそのリュックサックに見覚えがあった。左腕が血まみれになっている。息はあるようだ。映像が近づくにつれ、うつぶせに見えた身体が右脇を下にして横たわってることが分かってくる。その次の瞬間、気持ち悪い音を立てて頭から血の気が下がっていった。

 あれは、池内恵さんだ……。

 私はテレビの前でおかしなほど動転していた。目眩のように世界がゆがんだ。ああ、なんてことだろう。去年の六月にクウェートへ行くような話をしてしばらく音沙汰がなく心配したときも、アブダビから来たメールに海外へ出るときはスケジュールを教えておいてくれと返信してあったのに……。

 頭をかきむしる。涙と鼻水が止まらない。助けに行こうにも、この映像がどこの国のどこの街かすら分からない私に出来ることなど何もない。落ち着きなく右往左往するうち中継が終わり、私は貧血を起こしたようにその場に崩れ落ちた……。

 泣きながら身体を起こすと、ベッドの上だった。時計を確認すると五月二日の午前四時五〇分過ぎ。夢だったのだ。大きく息をつくと、安心のあまり、また泣けてきた。動悸は容易に収まりそうになかった。

 人心地つくまで小一時間かかった。普段だったら絶対にそんなことはしないのだが、我慢できず朝の六時前に池内さんにメールを打った。

「海外にお出かけのご予定があるようだったらお気をつけください」

 全身にまとわりつくようなこわばりは、この日の午後になって池内さんから「国内にいます」という返信があるまで抜けなかった。まったくもって心臓に悪い夢だった。

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