さかなとさいころ

「もう辞める、引退だ! 俺はもう新作なんか作れない!」

 世界的に有名な監督はそう言って頭を抱え、叫んだ。

 この所もう何度この監督はそう叫んでいるのだろう。
 困った事に毎回これは本気の叫びなのだ。

 会議室のテーブルの上には、何十冊もの児童文学書が並んでいる。
 彼はこれまでの苦い経験から、漫画を原作にすることを———自らが描いたモノ以外———絶対にやらないのだった。
(さて、今度はどうやってこの人の疳の虫を取り除けるのやら)
 プロデューサーとはそういう商売だ、少なくとも彼にとっては。
(だが、それだって昔に比べれば贅沢な悩みだよな)
 そう思いつつ、彼はいつもの「儀式」につかう道具をさりげなく取りだして、机の上に転がした。

今から数十年前。

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