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映画『アイの歌声を聴かせて』が楽しかった

『アイの歌声を聴かせて』を二回観てきました。
一回目の感動もさることながら、二回目で気付くような仕掛けが随所に施されていて大変いい映画でした。

劇場の予告などで存在は知っていたものの、観に行った直接のきっかけは、普段入り浸っている掲示板で連日話題になっていたことでした。
既に地元の映画館では一日一回の上映となっており、危ないところでした。
口コミの力を感じるいい機会となりましたが、良い作品は自分から積極的に見つけていきたいものですね。

以降、観て思ったことを書きます。

シオンの表情について

AIのシオンちゃんは実地試験のために転校生を装って高校へ放り込まれるほど、人間そっくりのボディを備えています。
さらにその容姿は人間に好感を持たれやすいよう端麗に造られているようで、視聴者の視点でもぱっと見のビジュアルは「普通に可愛い」と言えるものでしょう。

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しかしながら、劇中の彼女の表情は活発な動きに対し、こう、常にカッと見開かれた目が特徴的です。人間にウケがいいよう笑みを絶やさずに、この目で迫ってくるわけです。
鑑賞中、これがなかなかに不気味で、ところどころヒヤッとするような演出にも一役買っています。彼女の突拍子もない行動と合わせて、何を考えているかわからない、「人ならざるもの感」を確かに感じることでしょう。
アニメってすごいね。

一方で、ミュージカル的シーンでは、彼女の表情は非常によく動き、普段見せないような表情さえしてくれます。これはおそらくアレの影響でしょうが、「歌うAI」という本作の見せ場を際立たせ、かつ「このAIは何を考えて歌っているのだろう(AIは人の心を理解できるのか)」という、根幹に関わる疑問を浮かび上がらせてくれるように思えます。

また、物語を通じてシオンというAIを知ったうえで改めて例の顔を見ると、なんだか愛嬌のようなものを感じるのが楽しいですね。
総じて、この作品で描かれた人とAIとの交流、あるいは不気味の谷の向こう側の可能性を感じるような、いい表情でした。

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アヒル口がかわいいぜ…。

AIに心はあるのか

こんな素晴らしい映画を観た後も、誰もが持つだろうこの疑問に対する私の答えは「わかんない」です。AIがどんなに人間らしい動きや言動をしようと、それが組まれたプログラミングによる出力の結果と捉えることもできます。

もちろん主人公たちはシオン自身の意思を信じていましたが、対する悪役となった人たちがそれを認めていたとは思えませんし、また彼らの言い分は一種正論として主人公へ叩きつけられます。

それでもシオンの過去を辿るシーン、思わずスクリーンの前で涙ぐんだのは、彼女に心を感じたからに他なりません。だからシオンを想う主人公を応援したくなるし、自身へ問いかけるシオンにまた涙しちゃう。

実際に人間そっくりのAIが目の前に現れたとき、その心が宿る場所とは、それに思いを馳せる人の胸の内なのでしょう。
でもこれって、決して互いに真意を知ることのできない、普通の人間関係でも言えることですよね。愛ってそういうことなのかもしれない。

AIは人を幸せにするのか、あるいは危険な存在なのか。この映画はどちらの可能性も見せてくれましたが、どうせなら明るく楽しい未来を想い描きたい。
そんな希望を力強く後押ししてくれるような、いい映画でした。


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