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朱色の子守唄⑩

狼谷と治郎は対峙した。場所はとある墓地。二人の男が薄暗い逢魔時に相対している。

「ずっと僕のことつけてきてますよね?...あなた警察の人?」

治郎は冷たい声で喋りかけ、値踏みするように狼谷を見つめている。

「俺は...俺は狼谷っていいます。君なんだよね?このコロナ...いや呪いの発生源って...」

治郎はそれを聞いて吹き出した。

「なんだ...どおりで呪いが通じないと思ったよ。君も犬神憑きかい?」

治郎が余裕そうな表情で笑みを浮かべる。しかし途端に身体を硬直させた。

「なんだそいつ?あんた...その後ろの犬...犬じゃない?」

どうやら狼谷の背後にいる狼...大口真神が見えるようだ。

「俺の後ろのこいつは狼だよ。犬神ってのに唯一効くらしいな」

狼谷の説明になるほどという顔をしながら治郎は、着ていたジャケットから小箱を取り出す。そしてニヤリと笑うとソッと蓋を開けた。途端に狼谷の視界が全て真っ赤になり歌が聞こえてきた。

赤い血溜まり できりゃ そこは地獄かな
赤い夕陽も 浮かびゃ そこは地獄かな
人の情など ないのと同じ
この世は地獄 この世は地獄
あの子はどこさ あいつはどこさ
憑いて 泣かして 山うめろ
朱色の子守唄 子を寝かせ 赤い忌火

次々と赤黒い犬の生首が現れ、狼谷を取り囲んだ。しかし狼谷には何も起きない。あれっ?という顔になった治郎は、歌を歌いだす。禍々しい歌声と共に降り出した雨までが真っ赤に染まっている。まるで血の雨だ。しかし犬神は悉く狼に食いちぎられた。治郎は徐々に血の気が失せて走りは出した。狼谷もそれを追う。
どれくらい走っただろう。気がつけば小さな雑木林の中で二人して膝をついて肩で息をしていた。

「お...驚いたよ。まいったね...犬神が効かないなんて」

薄笑いを浮かべながら治郎が息を整える。

「殺された奥さんの復讐なんだろ...?もう止めろよ。取り返しは...さすがに遅いけどさ、」

治郎が怒号を上げた。

「ふざけんな!!」

場が静まり返る。狼谷は泣き崩れ始めた治郎を見つめる。赤い雨は激しさを増し続ける。

「美奈が...美奈が赤ちゃんが何をした?マスクをつけていただけだ!赤ちゃんに至っては生まれてすらいなかった...あんな訳のわからない連中に美奈が殺されて...不幸な事故?...冗談じゃない!!殺してやるんだ!あいつらも世間の連中も...俺から全てを奪った連中皆殺しだ!!」

その様子を狼谷は沈黙を貫いて見つめ続ける。声をあげて治郎が泣き出す。その気持ちは痛いほどわかる。自分も生まれてからずっと酷い目に遭ってきたから。次郎の気持ちは痛いほど分かる...はず。だが、そのとき薄々感じていた疑問が表面化する。治郎の顔を見つめた俺はハッとした。そして思わず

「お前...正気か?」

治郎の頬には涙が垂れている。泣いているのだ。愛する人を理不尽に奪われたのだ。それは辛い想いだったはずだ。気持ちが溢れても仕方がないとすら思った。
治郎が

「え......?」

声を漏らす。次の瞬間、白目が一気に真っ赤に染まった。狼谷はギョッとして身構えた。治郎は真下の水溜りを見て気がつく。
その顔は満面な笑みを浮かべていた。口が裂け、口角が上がりきっている。泣いていたはずなのになぜ...? 狼谷は後退りしながら自分に声をかけてくる。

「そろそろ...その芝居もやめろよ」

芝居?え?なに?僕は芝居なんか...?
真っ赤な世界がさらに赤みを増し出した。次の瞬間、治郎の心臓が勢いよくドクンと鼓動した。

赤い血溜まり できりゃ そこは地獄かな
赤い夕陽も 浮かびゃ そこは地獄かな
人の情など ないのと同じ
この世は地獄 この世は地獄
あの子はどこさ あいつはどこさ
憑いて 泣かして 山うめろ
朱色の子守唄 子を寝かせ 赤い忌火

頭の中に歌が聞こえた。瞬間治郎の意識は途絶えた。

「アーア...ばれチャッタ」

狼谷の目の前にいるのは確かに治郎だ。しかし、こいつは人間じゃない...そうとしか思えなかった。治郎の顔...だったものは完全に犬のように変わっている。口元からひっひっひっと笑い声を漏らしている。

「こいつが...犬神...?」

狼谷の声が震える。目の前のそいつは値踏みするように狼谷を見つめている。薄気味悪い笑い声が赤い世界に響き渡る。

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