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山手のヤマイヌ

横浜に山手という場所がある。
今は高級住宅街であり観光地も近いと言う場所でたいそう人気の高い場所である。いわゆる外国人居留地というやつだ。1920年より少し前の話。
山手には凶暴なヤマイヌが潜んでいるという噂があった。夜道を歩いている人を見つけると後をつけ、それに驚いて走り出そうとすると牙を剥き出して追いかけてくると言う。そんなある時、山手を一人の子供が歩いて本牧の方へ下ろうとしていた。時間は朝の早い時間で朝霧が立ち込めていた。グルルと霧の中から唸り声が響いた。二つの目玉が青く光っていた。少年が見たのは、異人さんがつれていたシェパードとも違う、自分の知る民家の番犬とも違う茶色のヤマイヌであったという。まるで値踏みをするように少年を見回すとヤマイヌはバカにしたように笑いながら去ろうとした。少年はヤマイヌが自分と距離が出来たのを確認して走り出した。

「おお、怖かった。。大きい犬...ヤマイヌかもしれん」

そう呟いた時だった。ガサガサと雑木林の中から荒い気遣いとこちらへ向かってくる足音が聞こえた。少年はまさかと思い、岩の影に隠れた。雑木林から飛び出てきたのは、さっきのヤマイヌであった。目を見開き、涎を垂らしている。口元から大きな牙が見えていた。ヤマイヌはクンクンと鼻を使って少年を探し始めた。そして獲物を見つけたようでニヤリと笑みのようなものを浮かべて少年の方へゆっくりと歩き出した。
少年はガタガタと震えるしかなかった。だが、そのときだった。

「見ろ!ヤマイヌだ!」

「本当だ!」

「すごい大きいぞ」

若い男たちの声が響いてきた。ヤマイヌの興味はそちらに移ったようで、声の方へ歩き出した。そのまま少年は一目散に駆け降りて行った。
その後、山手が開発され今の原型のような状態になった。しかし、その後にヤマイヌを目撃したとか捕獲したという話は聞かなかったという。本当に山手にヤマイヌがいたのか?今となっては謎のままである。

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