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月下美人屋敷狂⑥

老人の独白は、戦中の原爆投下そして戦後の混乱期と続いて行った。

「柚子江はね...学校へ行かずに働いて家計を助けたいと言ったんですわ。けど私の両親はね、他人の家の子供でも気にしないで学校へ行きなさいと行ったんです。けど周りのやつらは違ったんですわ。ピカで親亡くして人様の家に張り付く寄生虫じゃ言ったんですよ。私はそのとき既に柚子江に惚れてましたから、よく言った連中と取っ組み合いの大喧嘩をしたんもんです。そんなときじゃった...柚子江が突然、血を吐いたんですわ。ピカ...放射能の影響が五年も経って出よったんですよ。それで入院することになってね。何日も死線を彷徨って柚子江は生き残ったんです。そんなときでしたかね...病院の庭に咲いてた月下美人を見て、綺麗だ綺麗だと言うんです。看護婦に断って一本もらって病室に届けたんですわ」

それからも長い老人の人生の話は続いた。

「柚子江と結婚したのは、わしらが19の頃でした。それで十年越しで、やっと子供が出来た。静江と言います。柚子江に似た綺麗な子供でね。町内でも評判の美人じゃった。ところが静江の10才の誕生日に目の前でまた柚子江が吐血したんです。わしが病院へ行った時、柚子江の口周りやベッドは血の海でしたよ...赤黒い血で汚れてました。唖然とする静江と虫の息の柚子江がいました...。医者は放射線障害だと言いました」

浅井先輩はこのとき老人の目に憎しみの炎を見たと語っていた。

「柚子江が何をしたっちゅうでんすか!?誰が悪いんじゃ!?軍か?日本か?アメリカか?...何で柚子江があんな目に遭うんじゃ!柚子江が何をした!アメリカなんてね原爆や水爆を発明しただけじゃないか!わしの言ってることは間違ってるちゅうんですか!?...間違ってるかもしれない。だが一体だれが柚子江を治してくれた?日本がか?それとも原爆を落としたアメリカか?誰も何もやってくれやしない!
じゃあ柚子江にに罪はあったって言うのかい?まだ3歳の子供だった!誰が柚子江を犠牲にしたんだ!あんたらに応えられるか!」

そして老人はここから自供を始めた。

「静江が中学へ上がってすぐじゃった...鼻血が止まらなくなったんです。あの子は放射能の影響を恐れた...母親があんな死に方したから余計だったんでしょう。それから血を怖がるようになり、20歳を超えた時から顔が崩れると騒ぎ出したんです。別にねなんもなっとらんのですよ。ある時は蛆が顔半分に湧いたとか...あの頃からおかしくなり始めたんです」

驚愕の自供は続いた。

「静江は、職場へ行く時は普通でした。けれど家の中では頻繁に顔が崩れる、血が怖いと言い始めたんです。そんなときでした...夏の夕暮れに私が家へ戻ると静江が何かを引きずって栽培している月下美人のテントへ入っていくのが見えたんです。後を見ると赤黒いなにかでした...すぐに血だと分かりました。中を覗くと静江が一心不乱に子供を解体していました...」

老人の顔がみるみる青ざめていくのが浅井にはわかった。同時に今までの刑事人生でも、このような恐ろしい事件には遭遇した事はなかったからだ。

以下、回想

「し...静江?」

声に気づいた静江は、笑顔で振り向く。その顔は血で真っ赤に染まっている。それを気にしないように彼女は大きな鉈を片手に嬉しそうに言った。

「お父さん!凄いことを知ったのよ!月下美人の樹液が私の病気に効くんですって!」

何の疑いも持たず無垢な笑顔を浮かべる娘の目は完全に狂っていた。ぐちゃぐちゃと死んだ子供の腹から臓物を抜き出している。その子供の顔は、柚子江そして静江の幼少期の顔に似ていた。恐怖に歪み、苦痛の果てに命を奪われた少女...老人は愕然とするしかなかった。
死体をバラバラにして月下美人の根元へ埋め、ショックのあまり失禁された尿、血溜まりになった血を静江は音を立てて、這いつくばって啜り始めた。抜き出した臓物を夕食として貪り始めた。その日から自分に容姿が似ている子供を連れ去っては食人を繰り返した。やがて行為は連れ去って直ぐの殺害から体液を多量に摂取すること、性行為すらしたことのない少女の身体を弄んでから殺すへと変化していった。
そんなときだった。連れ去って来た草間由美の容姿が自分の求めているものと違うと気がついた静江は、奇声を上げて彼女を暴行した。まるで恐ろしいものでも見るように一心不乱に剣スコップを振り下ろした。そして出刃包丁で腹を割いて臓器...女性器や子宮を抉り出した。そして不法投棄されるように草間由美の死体は発見現場へ遺棄されたのだ。

老人がなぜ突然、自供したのかは謎である。浅井もまた震えを抑えきれなかった。自供が終わると老人は死んでいた。死因は老衰であったという。

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