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クロノロジカル・バックドア

「私を殺した人を探してください」

彼女の、依頼人の発言を聞いて、私は近年急速に蔓延しているという薬物中毒者の報道を思い出した。幻視・幻聴の症状を引き起こすのは他の薬物と変わらないが、その薬物―クロノポリス―の常用者は他の薬物常用者と比べて、時制のズレた発言をする頻度が異常に高いらしい。一般的な言語運用能力には影響がないことから、クロノポリスはタイムトリップの効能があり、それが発言の時制に影響を与えているのではないかという識者のコメントが載っていた。

いずれにしても厄介なタイプの依頼人である。私は彼女の世界観を壊さないように、さもあなたのご要望は真っ当なものでございます、という気持ちが伝わるように次々と質問を投げかけた。

「その人を探してどうされるつもりですか」
「その人を探した後に何か追加でお手伝いできることはありますか。当社ではただいまお得なセットプランを実施中です」
「些細なもので構いません。その人の特徴や個人情報はお持ちですか」

彼女の回答を頭に入れようとすれば出来ただろうが、そうはしなかった。聞いてもカネには繋がらないし、そもそもクオリティの低いフィクションはタダでも聞きたくない。そうして適当に質問を繰り出し、回答を受け流したところで、私は会話を切り上げようと最後の質問を投げた。

「そろそろ最後にしましょう。あなたはいつ、どこで殺されたのですか」

これまでの流れと変わらない、彼女の世界観に合わせた、何気ない質問のつもりだった。
彼女は私と同じくらいあっさりと、答えた。
こんなにも重要な情報を。

「2019年10月31日の23時30分、つまり今から3分後、まさにこの場所で」

彼女が言い終えるや否や、耳をつんざくような破裂音とともにガラスの破片と熱波が襲ってくる。
「依頼する相手は私で本当に合っていましたか」
そんな言葉を口にする間もなく、私の意識は急速に失われていった。

【続く】

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