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リラックスって一体なんだ。

少し前から、noteに対する考え方が変わって
一生懸命にやるのではなく、
肩の荷を下ろして書くようにした。

リラックスって、こうすればいいのかー

↑寒くなったので猫たちが一緒に寝るようになった

楽に書くようになった。
そうしたら、なんか楽しい
それ当たり前か、笑

楽しいことをやれば楽になるのかー

↑ある日の夕暮れ

でもなー
一生懸命になっているとき
肩の力を抜くって、
どうやっていいかわからない。
…それは出産のときもそうだった

助産師さんが
「はい力を抜いてください〜」って言ってんのに
わたしは痛みで力が入って
全然楽になんか出産できたことはない。
リラックスしたほうが
恐怖感がないほうが
とっても楽にスムーズに出産できることは
頭では分かってたつもりだったけど。

痛いのコワイ
痛いのとコワイのが早く終わってほしい
そう思うと身体が防御モードになって
リラックスなんてできなかったな。

親しい友だちのなかには、
お産がとても楽で痛みも少なくて
楽しかったーって感想言ってる人もいる。

リラックスしやすい人は得だ
そして徳が高いと思う。

では、どうやれば
わたしのようにカチコチな人が
リラックスして生きられるというのか

毎日noteに挑戦しつつ続けることが難しかったときのことを思いつつ
リラックスするって一体どういうことなのか、と
いまになって考えると

リラックスするって
普通に素でいることだったのかな、と
当たり前のことを思った。

ぐだぐだな自分だから
書く習慣をつけるためには頑張らないといけない
…とか考えて、気合いパンパンになりやすいわたし
しかし
「なんのための習慣か」ということには、
本質には、実はたどり着いていなかった。

わたしはただ、
自分を楽しんで生きたかったのだ。


自分が自分を楽しむためには
いろんな不具合を取り除かなきゃ、とか思って
どんどん身体がカチコチになっていく悪循環を
繰り返し続けていたんじゃないか。

結果、楽しんで生きることを
自分から遠ざけてしまっていたのかもなーと
ふと、思うようになった。

最近、尊敬する友だちが
「自利利他」という言葉を教えてくれた。

…わたしは「自利」を知らんまま
「利他」をしよった。
自分なりに解読すると

わたしは
自分を楽しませないまま
人を楽しませようとしよった。

それで自分が枯渇しそうになってた。

友だちとか父ちゃん母ちゃんとか家族は
ものっすごわたしに良くしてくれていたけど
わたしはそれをちゃんと認識して
自分のエネルギーに換えることができていなかった。

結果的にそれは
感謝していない状態だったと思う。

感謝という変換装置がなければ
人って、
自分にエネルギーが貯まらないのかもしれん。

自分のエネルギーで自分を満たし、
満ちたエネルギーを誰かと分かち合う…

書きながら
なんかよくわからんような感じもするが
にわとりと卵の関係のようではあるが

これからは
自分を心底、楽しませる何かを
自分と一緒に探しにいくのだ。

「自利」そして「利他」

↑末っ子が描いてくれた♡

ってことでわたし
今日は美容院に行って
髪を青に染めてきまーす。笑

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。いただいたサポートを糧に、学んだり動いたりして、よりよいものを書いていきたいと思います。これまでサポートしてくださった方にも、この場を借りてお礼申し上げたいです。本当にありがとうございました!