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モニターさん

 モニター募集の広告を目にして、軽い気持ちで応募してしまった。それがどんな仕事なのかも確かめずに。
「ハイ、カット」
 監督だか、助監督だかの一言で、張り詰めていた空気が一気に緩む。青、赤、緑にオレンジと全身タイツを着た背格好も年齢もバラバラな面々が、三々五々に散らばった。端っこの方で休憩をとる奴、周りから離れたところで身体をほぐす奴と、本当に好き勝手にやっている。
「ホレ」
 頭どころか、肩の辺りまで脱いだジンさんが、オレの分だとペットボトルを差し出した。ジンさんみたいに脱ぐには、誰かに背中のチェックを下げてもらわなきゃいけない。吸い口付きが、非常にありがたかった。
「オレまで巻き込まれるとはな」
 オレがジンさんに「すんません」と謝っていると、向こうの方が騒がしくなった。どうやら、OKが出たらしい。これで今日の現場は終わりだ。
「あのー、ちょっといいですか?」
 仕立てのいいスーツを着たメガネの男性が、声をかけてきた。確か、浪広の以布利とか言ったっけ。隣にいるのは、プロデューサーの与羽女史。話があるのは、どうやらかわいこちゃんの方らしい。
「今後の現場も、お願いできませんか?」
 どうやら、人間モニターシリーズを継続的に展開するらしく、その看板としてオレたちを起用してくれるらしい。ジンさんは、屋外での撮影を思い出して渋っていたが、オレは即決で承諾した。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 オレが差し出した手を、与羽Pは柔らかく握り返してくれた。
 ヴァンガード社が展開する新型モニターのキャンペーンは好調らしく、オレは人間モニターというか、人間ドットとして、雨の日も風の日も暑い日も寒い日も輝かしい点で在り続けた。
 全国の名所行脚も終えて、オオサカへ戻ってくる頃、新商品の相談があると夢洲のオフィスタワーに呼び出された。ヘルモポリス社の開発担当と、会議があるという。
 会議室には、久しぶりに会うジンさんがいた。隣にいるのが、開発者の芝田勝五郎さんらしい。
「伊乃宮、ちょっといいか?」
 勝五郎さんの指示通りに動いてみろと、ジンさんに言われるままやってみる。
「いいね。採用で」
 勝五郎さんがそう言うと、ジンさんは満面の笑みを浮かべ、彼と力強く握手した。ジンさんはアタッシェケースを手に「じゃ、オレはこれで」と、勝五郎さんとオレを残して部屋を出ていった。
「採用って?」
 勝五郎さんは質問には答えず、タイツの上に電極を貼り付けていく。電極は謎の黒い箱に繋がっていた。彼はオレの言葉には一切耳を傾けず、躊躇なく電源を入れる。その瞬間から、オレの意識は途切れてしまった。
 再び意識を取り戻すと、オレの目の前には、今までキャンペーンしてきた商品が鏡越しに映っている。画面の中には、間抜けそうなオレの全身まで表示されていた。
「人間モニター、成功かな」
 勝五郎は"オレ"を舐め回すように見ながら、満足そうに笑った。

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