無念ペンネーム
恥ずかしい話である。
Kが敬愛する作家の一人に泡坂妻夫氏というミステリ作家がいる(残念ながら数年前にお亡くなりになった。合掌)。「蔭桔梗」という小説で直木賞も受賞しているのだが今ひとつ一般的に認知度は低い作家であり「亜愛一郎シリーズ」や「奇術探偵曽我佳城シリーズ」など奇妙な論理の筋立てと一筋縄ではいかない個性的なキャラクターの登場する連作短編や「しあわせの書」のようなあっと驚く仕掛けを施した作品などが少数のマニアックなファンから愛されている。もし未読で興味をお持ちの方がおられたら是非読んでみてほしい。
ちなみにKが「回文」にハマるようになったのもこの泡坂氏の作品の影響である。言葉遊びが好きな氏は「喜劇悲奇劇」という作品ではタイトル(→きげきひきげき←)から始まって、章立てやメインの登場人物が全て回文で構成されており、Kが初めてこの作品を読んだ時には「このような下らないことに(褒め言葉である)かように情熱を注ぐ人がいたのか!」としみじみ感動したものである。
ところでこの方のペンネーム「泡坂妻夫」は本名である「厚川昌男」のアナグラム(文字の並べ替え)となっている。
「あつかわまさお」→「あわさかつまお」
ミステリ作家というのはこのような言葉遊びの趣向を好む人が多く、福永武彦が加田伶太郎(かだれたろう)というペンネームでミステリを書いているが、これも「誰だろうか」のアナグラムとなってる。
アナグラムではないが、有名なところでは江戸川乱歩は「エドガー・アラン・ポー」のもじりだし、乱歩賞作家の岡嶋二人(おかしまふたり)はコンビで執筆していたため「おかしな二人」を、佐野洋は兼業作家だったため「社の用」をもじってペンネームにしていたりする。(脚本家のジェームス三木氏は「税務署行き」をもじったそうであるがこれは……ちょっと無理がある)
そんなわけで、昔Kもミステリのようなものを書いて、某短編賞に応募しようと思ったことがあったのだが、その際、せっかくだからペンネームをアナグラムで考えてみようと思いたったのは当然の成り行きであった。
しかしながら本名をひらがなにしてあれこれ並べ替えてみたのだが、どうしても名前らしきものにならない。仕方ないのでアルファベットにして考えているうちに、どうにかそれらしきものがひねくり出された。しかもうまい具合にその名前の最初の一文字が、その賞の選者であった鮎川哲也氏の「鮎」の字と重なっており、こいつぁナイスな名前だぜ……とその時は思ったである。
もちろん、そのペンネームで応募したKの短編はあえなく落選したわけだが、後日、そこで入選した作品が収載された文庫本を本屋で立ち読みしてみると、一番最後に鮎川哲也センセイの選評が載っており、以下のようなお言葉が述べられていたのであった。
「……今回の応募で特に感じたことは、凝ったペンネームの応募者が多いということである。○○××、△△□□、鮎○××……など、何をどう考えたのかよくわからないようなペンネームの応募者が何人もいた……」
うひゃあああ、恥ずかしーーーー!!!!!!!!
さらさないでーーーー鮎川センセイ!!!!!
ということで、二度とそのペンネームは使わず封印したKであった(ちなみに、以降「松本裕司」という至極真っ当なペンネームにした)。
どんなペンネームだったか知りたいかもしれぬが、
墓場の底まで持って行く。
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