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フィアット 500e Pop(2022年モデル) 1/3

「おれ最近、社用車にゴヒャクイーを導入したんだよ」
輸入車ディーラーを経営している友人が今年のはじめに会ったときそんな話をしていたのである。
え、マジで? ポルシェのヴァイザッハ研究所が手がけたメルセデスの? すげー。
このご時世に景気のいい話、高校の時からずいぶん出世したもんだなあ、と感慨深げに眺めたのであった。

よくよく話を聞いてみるとフィアットのほう。デンキの”500e”であるという。
そりゃそうだわな、もはやヴィンテージの域にさしかかっているメルセデスを社用にするわけにはいかないだろう。
いやしかしいずれにしても羨ましい。あのキュートなチンクを日常遣いにできるのだから。

思いもよらない1ヶ月の同棲

それから数ヶ月後。
もろもろの事情で「貸してやるよ。1ヶ月乗ってていいよ」という提案を受け、5月も半ばに差し掛かった頃から電気自動車と生活を共にすることになったのだから、人生なんてわからない。ヤレウレシヤ。

持つべきものは実業家(笑)のともだちかもしれない

これまでBMW・i3やテスラ・モデルS、ホンダ・eやプジョー・e-208など、試乗レベルで味見をしたことはあったけれど、時間をかけて暮らすのは今回が初めて。
充電設備もない我がマンションで維持できるのかどうか? ドキドキしながら雨の中、キーを受け取ったのである。

雨のなかイタリアに詫びる

走り出して数分。
ルーフやガラスを打つ雨音の中から、キーーーンという耳障りな高周波音が否応なしに聞こえてくる。
ううむ。「ステランティスグループ」なんて大仰な組織の一員になってもイタリア車はイタリア車。
モーターのインバーター音が我慢できないレベルだ。
さてイタリアよ! これはキツいぞ、1ヶ月間どうしたものかと頭を抱える。
こういうとき、電子機器は再起動に限る。基本に立ち返り落ち着いてエンジン(とどうしても言ってしまう)を切ってみた。されど鳴り止まぬキーーーン。
音の正体はグローブボックス付近から聞こえてくる。
フタを開けたら明確にETCカードユニットから発生していた。
けっきょくETCのカードが逆さまに入っていたことを告げるアラート音であった。紛らわしいにもホドがある。
疑ってごめんねフィアット。

悪天候でもどっしりの高速道路巡航

気を取り直して(ETCもただしい方向に挿しこんで)高速道路に入る。雨が強くなってきた。
ステアリングの手応えは少し曖昧だが、悪天候下でも良好な直進安定性を保つのが印象的だ。

"e"じゃないほうの500と同じ。ズバ抜けたセンスのインテリア

サイズに似合わないおよそ1.5トンの重量が絶妙なバランスをもたらしているようである。
キャビンに侵入してくる軽妙なついーん…というモーター音に気を良くしてついついアクセル(スイッチ?)を踏んでしまう。
加速感やパワーもこれで十分。隣を走る巨大なポルシェ・タイカンに「530馬力のモーター出力って必要?」と問いかけてみたくなるくらい、戸惑いこそあれ第一印象はとても良好なのであった。
ちょっと不安を感じるまあまあなウエット路面でも安心してステアリングを切り込める。車線変更も気にならない。東京に戻るまでの約2時間でEVであることを忘れてしまうほど「フツー」に使えることが十分に理解できた。

小技にシビれるインテリア

「フツー」に使えるとはいえ、始動の儀式である「START ENGINE STOP」ボタンを押したあとの無音に馴染むには数日を要した。長い習慣でどうしてもエンジンの震えを待つリズムが体に刻まれている。わかってはいるけれど、おずおずとアクセルを踏んでしまう。素直にアクセルを踏めばスルスルと進むのに。
それにしてもエンジン(と言わせてほしい)をかけるたび奏でられるシステム起動とオフの音がかわいらしい。何度聴いてもうれしくなる。わざわざ作曲したらしい。たしかに耳に残る曲。CMのサウンドステッカーに使ったらどうだろう。

ボタン式の「P・R・N・D」も最初は「えー」と興醒めだったけれど、シフトレバーなどなければないでどうにでもなる。咄嗟のとき、レバーを探す左手が空を切るシーンが何度もあったことはあったけれども。
それよりシフトボタン上部の物入れに刻印されているミラノの街並み(なぜ写真を残さなかったのか)が素敵でしょうがない。
個人的にはちっともグッとこないあの施設の隠れミッキーみたいなものだろうか。
知っている人だけが共感できるヒミツ。前に出過ぎない絶妙で秀逸なセンスにため息が漏れる。
日本のメーカーだったらこの刻印を採用するまでに途方もない時間をかけて「なぜそれが必要なのか」を会議した末、中途半端なファンシーさを残したデザインになってしまうだろう。おそらくフィアットのデザイナーも決定権を持つ人間も、ごく当たり前のように受け入れ、金型に刻印を入れたんじゃないかと思う。
イタリア人ってこういうところがすごい。あくまでも推測だけれども。
各部の質感もそんなに高くはないがチープさなど微塵もない。潔い割り切りにむしろ愛着が湧く。
シートの座り心地もこのクラスなら上々だろう。
広大なスペースはないが、振り向けばリアガラスがすぐ目の前にある絶妙な狭さがたまらなく愛おしい。
2人で暮らすならばこれでいい。さすがにIKEAで本棚は持ち帰れないがそんなこと大した問題じゃあない。
(つづく)