#選択の代償 第13回
おはようございます、私、亀川がお送りしております#選択の代償です。
さて、いよいよ具体的な事業計画(ビジネスプラン)に着手するのですが、先ず商圏としての国内市場の指標の一つとして、オープン系のサーバの出荷台数に着目しました。
これは今でも経済アナリストの方々が引用する情報の一つとも思います。国内であればIDC Japanのサイトでは色々統計データは見えますね。これと並行して2005年以降、経済指標としての参考データが、液晶パネルの1インチ単価でした。(最近では、下落しすぎてあまり話題になりませんが・・・)
本題に戻りますが、ともあれこのサーバーの出荷台数に合わせて、インターネット市場がどのように連動するのかを、今思うと稚拙なシナリオで考えていたなと思います。そして、その事業計画書は、年明けの2000年の1月5日頃完成しました。そのことをM氏に伝え、1月7日に、MAIAで、打合せすることになりました。
16時にMAIAに訪問すると、元木社長とM氏とは別に、4名ほどの男性が同席しました。その4名は、MAIAのスタッフですが、CMプロデューサー、コピーライター、デザイナー、プランナーでした。このMAIAでは、当時の明治乳業から長年、継続してTV-CMの制作を受託していました。それは、皆様ご存知の方もいると思いますが「明治ブルガリアヨーグルト」のCFです。
紹介された際に『なんで同席なのかな?先日のMAIAとしてこの新規事業案件を取りたかった・・・ことと関係あるのかな?』とおもいつつ、この段階での事業計画についての説明をしました。ポイントは、先にお話しした通り、オープン系サーバの出荷予測によるインターネット市場の拡大が間違いないとの結論です。1998年時点でのサーバーの出荷指数を100とすると2003年の5年後には、現在の5倍以上の指数(国内)があるだろうとの見方で、インターネット市場においては、2000年の広告白書において国内広告市場規模の内訳で、インターネット広告がそれ以上の拡大を予測すると同時に、紙媒体を中心とする広告費が入れかわるであろうとの事。
そして、インターネット広告の内容(広告主)は、当時は無形商材(着メロやショートメールサービス)等にまつわるものや、店舗への集客が主なものと考えられつつも、今後広がるであろうECサイト市場の成長がうたわれていた。当時は未だAmazonそのものも認知度が低く、ましてや商品を通販で購入、更には、それをインターネットを通じて・・・なんて殆どの人が訝し気に懐疑的な感情を持っていたのは事実です。しかし、この新規事業案件のネタはインターネットに纏わる技術です。当然、無視できません。たまたま、広告寄りの技術ではなく、物販に関わる技術であったことは確かです。よって、市場性を予測するならば、このECサイトを軸にすべきとの結論に達しました。
ここで、今更ながらこの時点で、もしリーンマップ(もしくはビジネスマップ)的思考がなされていたならば、もう少し視方が変わったと振返ります。例えば、Amazonにしても楽天市場にしても、ECサイトには変わりないのですが、どちらも『何を、売るか?』がハッキリしていました。本だったり、店舗で売れないもの(伊那のたまご屋は有名)だったり・・・つまりこの時点で、ビジネスモデルが、『ECサイト構築』としてしまったことが最初の段階でのミスだったかもしれません。
一通り、事業計画の説明が終わり、インターネット業界での展開における方向性は、一応は合意を得た形となりました。しかし、先ほどのCMプロデューサーは「おれは、アナログ人間だから言葉でインターネットは理解できても、現実味が湧かない」と・・・一方、プランナーは「なかなか、ワクワクする話で面白い」と・・・コピーライターとデザイナーはある種冷ややかな目線でいたことは事実です。
M氏「では、このプレゼンをホントの投資家の前でお願いすることになるけどいいですね?」、私「はい」そして、M氏「プレゼンは、大阪になると思います。まだ言ってなかったと思いますが、出資してくれるのは先日のXXX元常務ではなくてその紹介先です」っと・・・私は一瞬、???っと固まった『まだこの先に登場人物がいる?どういう事?』ってな感じでした。『そして、なぜ本日ここでこのメンバーの前でプレゼンしたのだろう?』っとまた混乱しました。実は、この場面が、後々かなり大きな意味と影響が出てくることは想定もしていなかったのです。この続きは、また次回に!おきき逃しなく!