レベルアーップ!!
シャンパンがカラになった。何杯目かは覚えてない。ルリは私には目もくれず、幸せそうに笑っている。
まったく。私とルリが交わした約束はきれいさっぱり反故にされた。
『行き遅れ同士、どんなステキな男性が現れても一生結婚しないで生きよう!』
「……なぁにが、一生結婚しないでだぁ」
二次会は立食パーティだったから、好きなだけシャンパンをおかわりしていた。自棄シャンパン。ええい、もう。店中のシャンパンを全部飲んでやる!
ふらつく足でカウンターに向かう途中、ヒールが絨毯に引っかかり、スーツの背中にぶつかった。
「大丈夫ですか?」
見上げると爽やかな笑顔の男性。右の頬にエクボが浮かんでいる。たしか新郎の友人、名前までは思い出せない。
「あら、ごめんなさい。少し酔ってしまったみたいで」
二十年を越す会社生活で身につけた、きらめく笑顔で猫をかぶる。
「なにかソフトドリンクを取ってきましょう」
そう言って彼はカウンターに向かった。大きなお世話だ。正直、だいっきらいなタイプだ。
爽やかで、ちょっとかわいくて、紳士で、間違いなく女にモテるタイプ。
どうせ家に帰ったら、若くて可愛い奥さんがフリルのエプロンつけて待っているに違いない。
「お待たせしました。ウーロン茶で大丈夫?」
「ええ。ありがとうございます」
受け取ったウーロン茶がシャンパンで焼けた喉を潤す。
「申し遅れました、僕は神谷祐二。新郎の友人です」
彼の名前を覚える気はさらさらなかったけれど、名乗られたら名乗り返さないと礼儀に反する。
「私は新婦の友人で……」
「森本美夜子さん、ですよね」
私は目をぱちくりした。
「なんで覚えてるんですか?」
「友人代表でスピーチなさったでしょう。あなたのあだ名、みやって聞いて、同じだって思ったんです」
「同じって?」
「僕も同じあだ名。かみやだから、みや」
そう言って微笑む彼の苗字を、不覚にも私は覚えてしまった。しかも同じ、みや同士なんて親近感が湧いてしまうではないか。親密度が2あがった。
「みやさんは、お酒がお好きなんですね」
彼はすでに私のことをあだ名で呼ぶことに決めたらしい。あだ名で呼ばれたら、あだ名で呼び返さなければ失礼だろう。
「ええ。まあ。みやさんは、お酒は?」
「そうですね、たしなむ程度でしょうか。でも、飲んでいる雰囲気は好きで、一人でバーを遍歴したりしていますよ」
「大人な趣味ですね」
みやはハハハと朗らかに笑った。
「あと二年で不惑の年ですから、少しは大人にならなくちゃ、ね」
不惑ときたか。古式ゆかしい言葉も知っている渋さがいい。親密度が5あがった。
「そうだ、みやさん。良かったら今度、一緒に行きませんか」
初対面の女をバーに誘う。下心見え過ぎ。親密度3さがった。
「シャンパンの品ぞろえがいい店があるんですよ」
私の酒の好みをさりげなくチェックしているとは心憎い。親密度が4あがった。
「でも、みやさんは、あまり飲み歩くと奥様に叱られません?」
「いい歳してはずかしいんですが僕は独身なんです」
いい歳してはずかしいだと!? 私と大して年齢が違わないのに何を言う!? 親密度が8下がった!
「ああでも、みやさんを誘ったら、みやさんの彼に悪いかな」
『彼』なんていませんよ! 嫌味か? 親密度マイナス30!
「私は一人者なので」
彼はぱっと笑顔になった。
「じゃあ、本当にご一緒しましょう! ファミコンバーっていう変な店なんですけど酒の種類はいいんですよ」
「……ファミコンバー?」
「ええ。昔懐かしい、あのファミコンです。各席に一つ、テレビとファミコンがセットされていて、遊び放題なんです。なんでもマスタ―が言うには、古今東西の全てのファミコンカセットを常備しているとかで……」
「行きます! お供します! 連れて行って下さい、ファミコンバー!」
私は噛みつかんばかりに彼に詰め寄った。彼はたじたじと後ずさった。
「もしかして、みやさん、ゲーマーでした?」
はっと我にかえった。そうだ。この趣味のお陰で私は婚期を逃しまくったのに、また悪い癖が出た。
冷たい目で見られるに違いない、苗字呼びに変えるに違いない、それどころか会話はここで打ち切りになるに違いない!
「奇遇だなあ。僕もゲーム大好きなんですよ。いい歳してはずかしいんですけど」
ああ、これほどまでに『いい歳してはずかしい』に共感できたことはない。親密度一気に90アップ!
でも、と、みや氏は続けた。
「二人なら、この趣味も共にわかちあっていけますね」
私は顔が赤くなっていくことに気付いた。これは同志を見つけた感激のせいだろうか?
それとも……?
私の冒険は、ここから始まるようだった。
執筆に必要な設備費にさせていただきたいです。