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WE HAVE WINGS

1921年9月11日

ちょうど入院と時期を同じくして、東京オリンピックとパラリンピックやってたけど、カラダ的にでなく、ココロ的にあんまり観る気になれずにニュースだけで観てたんやわ。で、後になってそれぞれの開会式と閉会式を比べて、パラリンピックの開会式が一番テーマやコンセプトに沿っていて良かった、感動したって、評価が高いようやけど、

テーマが「WE HAVE WINGS」で、片翼の少女が最後は飛行場から飛び立つという演出かな。このセレモニーに感動した人がたくさんいたようやね。努力は報われる、一生懸命やれば何でもできる、不可能が可能になる的な感激、感動かな。でも、その演出や評価ってどうなんやろ??
一週間前にオリ側にいて、突然今100%パラ側にいる自分としては、一週間前なら多分みんなと同じ感動を受けたと思う。そやけど、今はなんか違うね。パラの誰かが、自分なら違う「飛べない」演出もありかと思う、とテレビで話してた。

そやね、パラにとってはいくら頑張っても、もう片方の翼は生えてきいひんし、努力しても片翼で飛べる飛行機はあらへんね。そんな現実の中で、0%でない可能性の中で一生懸命みんな頑張ってるし、頑張るしかないね。
オリが思う夢とは違う現実がそこにはあるような気がすんね。

受傷して一週間じゃ早いかなぁ?

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