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スピードという性能

リムの「性能」とは、何でしょう? 引きが柔らかい。スムーズである。狙いやすい。射ちやすい。。。どれもが性能ですが、その場で射ち比べる、引き比べるならともかくとして、あまりにも主観的すぎて、比較のしようがありませんが、そんな中でも「速く飛ぶ」という、誰もが重要視する性能があります。
「矢速」です。同じ36ポンド表示のリムであれば、より速く飛ぶリムの方が、性能的に勝るのは誰もが理解できるはずです。身体への負担が同じでも、速く矢が飛べば、滞空時間も短く、弾道も低くなり、風などの外的影響を受けにくくなります。これはアーチャーにとって、大きなアドバンテージです。そしてこれを瞬時に測定する機械もありますが、アーチャーは目視による矢速や的中位置、サイト位置で、速く飛ぶリムを見分けることができ、速く飛ぶリムは高性能であると信じ込んでいます。
それはほとんどの場合、間違いではありません。しかし稀にですが、単に速いだけで、そこに安定性が伴わないリム、というものもあります。速い球を投げられても、ストライクが取れないピッチャーや、投げた瞬間のスピードは速いのに、キャッチャーの前で減衰する球もあります。単に速さだけでなく、そこには正確性や安定性が求められるのです。これは発射時の測定値だけでは評価できない性能です。これはある意味、性能の劣るリムのことです。

ヤマハに限らずモデルにはそれぞれ、思い出と薀蓄があるものですが、このリムを覚えているでしょうか。1983年に発売された、ヤマハ「EX Super Custom」です。
このモデルは市販品世界初の「オールカーボンリム」です。それまではカーボンリムと呼ばれても、CFRPだけではなくFRPも積層されていました。しかしこのリムは、芯材に対してCFRP 100%で作られた、高性能で最新のリムでした。
例えば世の中には「名機」と呼ばれるモデルがいくつか存在します。ヤマハでいえば、このリムのベースとなった「EX-Custom」やその後継でセラミックウィスカーのパウダーを使った世界初の「Ceramic Carbon」などがそうです。ところがこの「Super Custom」は、当時の最高機種でありオールカーボンという性能を備えながらも、名機にはならなかったモデルです。その理由は、革新的、先進的すぎるリムだったのです。
新しいリムを出す時は、必ず実射テストを行います。このリムも何回かのテストでいくつかの仕様に絞り込んだ結果、最後に選んだのがこの仕様でした。オールカーボンだけあって、ともかくスピードが速く、それでいて左右のねじれ感がなく安定した返りをするリムでした。射った後も比較的おとなしいリムです。ところが、なぜかミスが大きく出るのです。ちょっとしたリリースのバラツキが、大きく的面に反映するのです。

研究課との話し合いの後、営業課の会議では、このリムが普通のアーチャーには難しすぎることを言いました。性能は群を抜くが、普通のアーチャーには使いこなせない、当たらなければその評価が先行する、と言い張ったのですが、オールカーボンリムを世界で最初に世に出すというインパクトで、押し切られてしまいました。結果、世界初のオールカーボンリムが市販品として世に出たのですが、予想通り難しかったようで、名機と呼ばれるには至らず、マニアックな商品として終わってしまいました。

なぜ「Super Custom」が受け入れられなかったのか。それは性能が劣ったのではありません。矢速は当時で最速でした。しかし、よく言われるように、あまりにも性能が先を行き過ぎると、素人には使いこなせません。素人には半歩先を行く製品の方が、いいのです。2歩3歩先を行っているとアーチャー自身の技術が付いていきません。

ジョン・ウィリアムスの時代の次は、ダレル・ペイスの時代です。では二人の射ち方の違いは、何でしょう? リリースのスピードが圧倒的に違うのです。ジョン・ウイリアムスはグラスリム、ダクロンストリング、アルミアローです。それに対して、ダレル・ペイスはカーボンリム、ケブラーストリング、の世界です。ストリングの返りが速くなれば、それに対するリリースのスピードが速くならなければ、リリースが弾かれることになるのです。最新の道具やトップアーチャーが使っている道具が点数を出してくれるのではなく、自分に合った道具を使いこなすことが点数を出してくれるのです。

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