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シンデレラのあなたにガラスの靴を履かせたいぼく #超短編小説

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かめがやひろしの超短編小説マガジンです。
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#ちゅうはや

夏の始まり。(超短編小説#3)

体を起こすとすでに開け放たれた窓から、夏の蒸し暑い香りが入りこんでいた。 隣に寝ていた陽子の姿はなく、かけていたタオルケットも彼女がいたことを忘れさせるくらい、ベッドに力なく寝そべっていた。 昨日は花火を観に行った。 海上から観える花火を近くで観るために、開放された港にシートを広げて花火が打ち上がるのを待った。 風がなかったせいで、花火は曇った空に隠され、どんっ!という大きな音とは裏腹に赤や青に光る空しか観えなかった。 目の前の浴衣を着た若者たちは、始まって10分も

ティヤーティヤーティヤー。(超短編小説#2)

フラれた。 突然だった。一昨日からLINEの返事がなくて、今日のお昼にやっと来たと思ってから、すでに今10時間が経っていた。 たったの10時間、時計の秒針が数字の1から12の間を600周しただけなのに、世界がガラリと変わってしまった。 秒針が600周もすれば世界は変わるかもしれない。 いや、きっと世界は変わっていない。変わったのは自分の世界だけだ。 智は揺られる東急東横線の中で、見慣れた車内を異国のローカル線のように感じていた。 『なにがいけなかったのだろう。』

ライクピーナツバター。(超短編小説#1)

奈緒はここ数日ふつふつとしている自分の気持ちを言い出せないでいた。 この気持ちはなんだろう。 婚約者の篤とは海外出張などもあり2週間会えていない。 親友の優子が先週一足先に入籍したこと、 大学のサークル友達の由美が妊娠したこと、 たまたま立ち読みで見つけた北参道にあるいい感じのカフェに行きたいこと、 式でスピーチをお願いする上司の人選について、 ほかにも式場のこと、人を見る目のない弟の新しい彼女のことなど、 電車を降りて改札を出るまでの30秒にも満たない時間