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文体の舵をとっている15

〈練習問題⑨〉直接言わない語り
追加問題①:幻想のダマ
作り物の歴史であり、でっち上げの情報であるこの記述を、熟知するまで勉強すること。そのあと、これを物語や情景の土台として活用しよう。情景を書きながら、この情報を肥料とするわけだ。細かくつぶして撒き散らし、会話やアクションの語りなど、どこでも使えそうなところになじませてみよう。そうすれば、ダマに見えることはない。ほのめかし、ふとした言及、暗示など好きな手段を用いて、そのことを語ってみよう。何か勉強していることを読者が気づかないように語るわけだ。妃の置かれている状況が読者に全部把握できるよう、じゅうぶん内容を入れ込むこと。

ここから題材を採ろう。(p198を参照してください)物語全体を執筆する必要はない。この情報を元にしつつ、この情報を読んだことのない読者でもちゃんと分かるくらい内容を詰め込んで、情景をひとつふたつ書くだけでいい。妃が囚われている塔が、開始地点としてはうってつけだ。好きな視点人物を選んで構わない。妃にも名前をつけること。

問9-追加1.
 轟音が響き渡り、空気と大地を震わせながら、忌まわしき束縛の塔が崩壊していく。
 肉体だけでなく魂までも囚われ続けた呪いの塔。屋根瓦の一枚一枚、積石の一つ一つ、木枠の一欠片に至るまでが憎悪の対象。世界中のありとあらゆる罵言を集めて叩きつけてもまだ足りないほどに。しかし、永劫にも思える束縛から真に解き放たれたノアの心中は不思議と凪いでいた。
 あの泣いてばかりだった小娘に救われる日が来るとはな……。
 彼女がノアの囚われた塔に姿を現してからもう二十年も経つ。まだ十代のあどけなさと稚気が残るその若い娘は来る日も来る日も泣いてばかりだった。あまりにうるさいので、ノアが寝室のドアをすり抜けて一喝したときの表情ときたら今でも忘れられない。

 娘はリタと名乗った。ノアから数えておよそ百年後の王妃だった。
 百年前、女王としてハラス国を治めていたノアは優秀な魔術師でもあった。統治者としても優れ臣民の支持厚く、穏やかな治世が続いた。隣国のエンネディと領地争いが勃発するまでは。平和交渉を中心とした穏健路線のノアに対し強硬路線をとるべし、と司祭派が異を唱えたのだ。慣習的に魔術嫌いの司祭派は魔術の発展著しいエンネディを強く敵視していた。それはノアへの当てつけもあっただろう。事態が急変したのは、王配トールの突然の死がきっかけだった。ノアの代行としてエンネディへの外交中、何者かの襲撃を受けたのだ。これにより世論は一気に強行路線へと傾いた。公私ともに大きな支えを失ったノアは失速。その隙に司祭派はハラス国教に通じる七女神神話の一節を過度に拡大解釈して、広く国内に伝え始めた。曰く、
 魔術は七女神の御心に反する。
 女神達の加護を受けるべき統治者は男が相応しい。
 トール殿下の死の責任は女王にある。
 有力貴族や権力の座を狙う下級貴族を焚き付け、女王の廃位を訴えた。
 ほとんど叛乱のような活動の末、とうとうノアは王位を剥奪された。そして塔へと幽閉されることになった。この内紛の後ハラスでは魔術は禁忌とされ、君主は男に限るとされた。王位にはほとんど会ったこともないような遠い親戚の冴えない男が即位した。
「あの人をきちんと弔ってあげることも、子供たちを育て上げることもできなかった……」
 女王としても、妻あるいは母としての務めすら全うすることができなかった。
 ノアは失意と悲憤にその身を焼かれながら、幽閉から数年後誰にも看取られることなく狭い塔の中で息を引き取った。しかし彼女の激しい感情は肉体が滅んだ後も霊体として塔に残り続けたのだ。
 王妃がこの塔に来るという意味をノアは嫌というほど理解していた。つまり、百年以上経ってもこの国は何も変わってないということだ。
 戦場での王の失踪――リタの夫はペル王というらしい。そして呆れたことにエンネディとの関係は泥沼の一途だという。
「このままでは妃殿下にも累が及びましょう、私がお守りいたしますゆえ、しばらくはこちらで身を潜めていただきます」
 保護という名目の体のいい監禁である。最初のうちはご機嫌伺いに訪れては、都合の良いことをまくし立てていたジュッサとかいう近衛長はいまや摂政気取りだ。
 だが、それも今日限りだ。
 二十年は長かった。だがその価値はあっただろう。
 リタに魔術の粋と、この国の真の歴史を叩き込むには十分な時間があった。
「ノア様――、いえ陛下には何とお礼を申し上げてよいか。ことを成した暁には必ずや陛下の名誉を取り戻すことをお誓い申し上げます」
「よしてちょうだい、私はとうに死人。貴女は貴女の為すべきことだけに専念なさい」
 あの泣き虫だった小娘はもういない。されど時の流れは女にとって残酷だ。しかしリタの表情は晴れがましい。ハラスの女に相応しい誇りに満ちたものだ。
 かつての栄光のハラスはもう存在しない、なら一度作り直した方がいっそ良い。エンネディとの件といい、王国内には怪しい火種があちこちで燻っている。誰もが忘れ去っているこの塔が事の始まりになるのも悪くない。
「貴女――、いえ陛下のご武運をいつか行きつく地で見守っております」
 リタが立ち去りしばらくすると、塔の入口付近で破壊の魔力が迸った。

 崩壊の進む塔内で、ハラス国最後の女王だったノアは二度目の最期の時を感じていた。塔に縛られていた彼女の魂は、塔と運命を共にする。
 ポロポロと意識と思考が消え去るなか、戦いに赴く後進の背中を思った。
 なるほど、誰かの門出を祝うというのはこういう気持ちだったか。
 最期の瞬間、ノアは母親の務めを果たせた気がしていた。


突然なんのこっちゃ? と思われるだろうけれど、この課題はル=グウィン先生が用意したファンタジーの設定を使い”二次創作”しなさい、というものなのだ。
二十年前に消息を絶ったハラス国王ペル、塔に幽閉された妃、それを先導したジュッサ卿、禁じられた魔術、迫る隣国からの脅威……などなど。
これらの設定を使って独自のストーリーを物語る。
ファンタジー作品をあまり読んでこなかったので引き出しがあまりに浅く、今回はかなりきつい課題で、使った経験のないような筋肉を酷使しまくった。
国の設定や歴史ががっつり提示を語るのに、現代の王と王妃の話を書くのがあまりに難しく、”全てを知る”過去の人物を無理矢理に登場させるパワープレイを存分に活かせる設定で書き上げた。過去の女王と現在の妃のミスリード狙いや破壊と再生の物語、開放のダブルミーニングなどの工夫を凝らした。


講評覚書

・地の文で語ってしまっている設定を、視点人物に寄せて語り直すなどの工夫が必要→ファンタジー筋力
・破壊と再生と塔のモチーフ使いが良い。ドラマチックで前後が読みたくなる。塔の破壊というインパクトある出来事が牽引力となり、過去パート、設定語りの読み易さの一助になっている。
・二世代の重なりからなるオチが良い。カタルシスがある。
・塔の破壊をより演出できるように二人の会話や、関係性の変化などの描写、異なる時代の対比や世代間のギャップなどの描写が欲しかった。視点を変えるなどの工夫もアリ。
・長いタイムラインを描くのに過去の人物、全てを知る人物を登場させるのは正しいアプローチ。設定語りのための人物ではない役回り、オチも良い。
・ファンタジー読みではないこその工夫が感じられて良い。


文舵挑戦者皆さまのこの課題が見たいです。
文舵9章アンソロジー

#文舵課題 #幻想のダマ #現実のダマ


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