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文体の舵をとっている14

〈練習問題⑨〉直接言わない語り
問三:ほのめかし
この問題のどちらも、描写文が400〜1200文字が必要である。双方とも、声は潜入型作者か遠隔型作者のいずれかを用いること。視点人物はなし。

①直接触れずに人物描写――ある人物の描写を、その人物が住んだりよく訪れたりしている場所の描写を用いて行うこと。部屋、家、庭や畑、職場、アトリエ、ベッド、何でもいい。(その登場人物はそのとき不在であること)

②語らず出来事描写――何かの出来事・行為の雰囲気と性質のほのめかしを、それが起こった(またはこれから起こる)場所の描写を用いて行うこと。部屋、屋上、道ばた、公園、風景、何でもいい。(その出来事・行為は作品内では起こらないこと)

作品の本当の主題となる人物や出来事については、直接触れてはいけない。これは役者のいない舞台であり、アクションが始まる前にパンしてしまったカメラだ。この種のほのめかしは、ほかのメディア以上に言葉が得意とするものだ。映画でさえ言葉にはかなわない。
好きな小道具を使ってもいい。家具、衣類、財産、天気、気候、歴史上の時代、植物、岩場、におい、音、何でもだ。いわゆる感傷の誤謬も最大限に発揮しよう。人物の理解や過去・未来の出来事のほのめかしにつながる小物や細部は、何にでも注目を向けよう。

問3-1.
 その部屋は色鮮やかな魔力で溢れていた。魔術の才を持つ者ならまだしも、才なき者でさえ足を踏み入れれば、その異様な雰囲気と濃密な気配に全身が粟立つはずだ。
 決して広いとは言えないその小部屋に入ってまず目につくのは四方の壁面を天井近くまで覆い隠す書棚であろう。その書棚には古今東西でその名を馳せる呪文書(スクロール)が溢れんばかりに収められていた。収まりきらない一部は部屋のあちこちで塔となっており、あろうことか棚の傍に建てられた塔の頂上にあたる書物には、学院の研究者が見たら卒倒しかねる使い方をしたと思しき冒涜的な跡が二つ。
 棚の一角には書物だけでなく鈍く光る貴石、異臭を放つ魔獣の爪や毛皮、怪しげな仮面、ねじくれた小剣、魔法薬の小瓶、木製から金属製まで様々な材質の杖などの様々な呪具(アーティファクト)の類が雑多に置かれている。それらが発する互いに性質を異とする魔力は、反発しあい一触即発の危うい均衡を保っていた。
 部屋の中央は大きな木製の机に占められている。その天板には読みかけと思しき呪文書が広げられ、文鎮代わりのマグカップによって古の魔術の神秘を記した精緻な古代文字を蹂躙するように朽葉色の輪染みがいくつも残されていた。他にも書いた本人にしか判読できない文字による走り書きや意図不明の図案や計算式の書かれたメモ、それらに交じって国や軍の印が押された公文書、紋章の透かし入りの高級紙に書かれた手紙や依頼書、法外な値段の書かれた請求書といったあらゆる紙が散らばり、その所々に小島のように書物の塔や得体の知れない実験器具が無秩序に置かれているのだった。
 そして、机と同様に誂えられたイスには魔法使いのとんがり帽子をかぶった古いクマのぬいぐるみがちょこんと腰かけ、部屋の主の代わりを務めていた。

問3-2.
 青々とした月が不吉に輝く夜、昼間は活気溢れるはずの通りも、まるで墓場へ続く道かのような陰気な気配に溢れていた。暗がりに等間隔に並ぶ街灯も、こんな夜には魔物の眼光か沼地へ誘う火の玉のように怪しげに瞬いて見える。この日ばかりは通りで夜を明かす酔っ払いも、裏通りのゴミ箱を漁る浮浪者の姿もなかった。
 そんな不気味に寝静まった平民街から丘を登って、やや高台に位置する街一番の屋敷の周りでは煌々とかがり火が焚かれていた。煉瓦作りの高い塀には槍のような鉄柵がずらりと並び、炎を受けて威圧的な輝きを放っている。かがり火にぼんやりと浮かび上がる屋敷は普段以上に物々しい様子だった。
 窓という窓に十字架の護符が貼られ、聖水によって清められている。主人自慢の庭園のあちこちでは例のかがり火が焚かれ、火を絶やさぬようにと厳命を受けた使用人たちが火を管理していた。そして敷地の中という中では屋敷の主人が大枚をはたいて雇った名うてのハンターたちが各々の得物を担ぎ警備に当たっているのだった。
 純銀製の弾丸を装填したライフル、祝福された刀剣、聖水瓶、にんにくの護符、尖らせた白木の杭……、様々な武具で仰々しく身を固めたハンターに交じり、主人も伝来の狩猟用ライフルに純銀の弾を装填し、屋敷の最上階最奥の部屋――愛娘の部屋の前に陣取った。


今回は直接語らない”ほのめかし”でもってキャラクター性と物語を描写するものである。
①に関しては、部屋という書きやすい題材が提示されていたので、想定していた『ズボラで背の小さい女の子の魔女の部屋』という”答え”に行きつく形でガジェットとディテールを”式”に落とし込むことで比較的簡単に出力することができた。しかしどこか課題のための文章感が否めず、散りばめたディテールがストーリーに紐づいているかといえばそうではない。これは合評会でも指摘を受けており反省点のひとつ。
反対に②はちょっと苦労しており、吸血鬼という言葉を使わずとも吸血鬼モノ御用達のガジェットを描写することで”何が”起きているかをほのめかせるということを逆手に吸血鬼ゴシックホラーと仕上げた。
吸血鬼モノである、ということをオチにするために①とは違い、徐々に物語が進行していく構成にしてある。


講評覚書

・それぞれ「魔術」や「不吉」といった雰囲気や物語のジャンルを宣言する語をシグナルとして置くことで、読者にほのめかしの補完を促しており物語の立ち上がりの早さとなっている。→読み易さ
・ガジェット類が単なる羅列だけでなく、生活感やキャラクター性を乗せているのに一工夫を感じる。
・課題としては最適解に書けているけれど、実作を意識するのであれば①のお話がどういうお話になるのかがわからない。
・②は徐々に物語が立ち上がっていく構成で、①との対比としても良い試み。雰囲気が良い。
・外の様子から始まり丘の上や高台そして屋敷の様子を経て室内へ、と目線の意識が感じられる、視線誘導。物語を前進させようとする意志、動きのある描写→雰囲気ある予兆やタメになっている。
・①とは違い、大きな物語の冒頭にしても違和感のない文章である。


単語の間で勝手に読者がオカルト的想像力を発揮するため、ファンタジーやSFはタームの先出しが有効。

出来事にディテールを持たせろ。


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