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文体の舵をとっている6

<練習問題⑥>老女
今回は全体で1ページほどの長さ(1ページ:800~1200文字)にすること。短めにして、やりすぎないように。
というのも同じ物語を二回書いてもらう予定だからだ。
テーマはこちら。ひとりの老女がせわしなく何かをしている――食器洗い、庭仕事・畑仕事、数学の博士論文の校正など、何でも好きなものでいい――そのさなか、若いころにあった出来事を思い出している。
ふたつの時間を超えて<場面挿入(インターカット)>すること。<今>は彼女のいるところ、彼女のやっていること。<かつて>は、彼女が若かったころに起こった何かの記憶。その語りは、<今>と<かつて>のあいだを行ったり来たりすることになる。この移動、つまり時間跳躍を少なくとも二回行うこと。

一作品目(800~1200文字)
人称――「一人称(わたし)」か「三人称(彼女)」のどちらかを選ぶこと。
時制――全体を過去時制か現在時制のどちらかで語りきること。彼女の心のなかで起こる<今>と<かつて>の移動は、読者にも明確にすること。時制の併用で読者を混乱させてはいけないが、可能なら工夫してもよい。

二作品目(800~1200文字)
一作品目と同じ物語を執筆すること。人称――一作品目で用いなかった動詞の人称を使うこと。
時制――以下二つのうちどちらを選ぶ。
①<今>を現在時制で、<かつて>を過去時制で語る
②<今>を過去時制で、<かつて>を現在時制で語る

なお、この二作品の言葉遣いをまったく同じようにしようとしなくてもよい。

問1.三人称、『今』を現在時制、『かつて』を過去時制
 小気味よい金属音が部屋に響く。
 カション。カション。カション。
 老女の手には似つかわしくない無骨な散弾銃に次々と実包が吸い込まれていく。手早く装填を済ますと毅然とした態度と表情で立ち上がる。その気迫は小柄な彼女をより大きく見せた。
 彼女が住まうのはお世辞にも治安が良いとは言えない地域である。
 喧嘩、押し込み、抗争に殺人、週に三度は通りに銃声が響き渡る。それでも彼女がこの地を離れないのは亡夫の遺したアパートがあるからだ。大家として建物と夫との思い出を守る義務が彼女にはあった。
「銃床を脇の下に押し付けるようにして、コンパクトに構えるんだ」
 二人で暮らし出してすぐ、夫に射撃場に連れ出された。本当は一緒に洋服を買いに行ったり食事に行きたかったのだが、あの地域で暮らすにあたり護身の手立てを学ぶことの重要性も理解していた。
「散弾銃は小さな弾が一度に発射されるから当てやすいし、銃の構造も単純で扱いやすい」
 夫の勧めに従い生まれて初めて銃を手にした。自分たちの手で二人の生活を守るのだと思うと、小さな勇気が胸に灯った。
 不格好な彼女のフォームを後ろから治す夫の手は優しかった。
 教わった通りのフォームで銃を構える。
 入口ドアの死角に立つ、向こう側から探るような忍び足が老いた耳にも確かに聞こえた。ノブがゆっくりと回り、扉が開け放たれる。ピエロのマスクを被った男が一人、拳銃を構えて飛び込んできた。
「ババァ! 金を出せ!」
 無人の管理人デスクを前に大声を上げるピエロ。彼女は冷静にドアの外の様子を窺い、二人目がいないことを確認すると、
「集金するのは私の仕事だよ!」
 戸惑うピエロの背中目掛けて引き鉄を絞った。
 轟音。
 目の前で花火が破裂したかのような音と光、突き飛ばされたような衝撃に彼女は悲鳴を上げた。夫が支えてくれていなかったら引っくり返っていたかもしれない。夫の胸の中で目を白黒させている彼女に彼は笑いかけた。
 見てごらん、と指さす先には粉々になったスイカが散らばっていた。
「おめでとう、ぼくらの生活を脅かすスイカ型の宇宙人をやっつけたぞ」
 夫は得意げに笑った。彼女も気付けば笑っていた。
 火薬の匂いが薄れいく中、彼女は内線電話を手に取った。
「ヘボ探偵、今月の家賃ならもう少し待ってやるから、ちょっと手を貸しな」
「それって、今の銃声と関係あったりします?」
 恐る恐るといった調子で通話先の声が答える。上階に部屋を借りている自称探偵の男である。
「珍しく名推理じゃないかバックス、早くしな。私が持ってるのは鹿撃ち〈バックショット〉だよ」 
「はい……」
 弱弱しい返事を残して電話が切れる。
 彼女の満足げなため息が漏れ、嫌々な調子の足音と、パトカーのサイレンが近づいてきていた。

問2.一人称、『今』を現在時制、『かつて』を過去時制
 違和感に気が付いてからの私の行動は早かった。
 ガンロッカーからショットガンと弾薬を取り出すと、札束を数えるのと同じくらい手早く正確に装填を済ませる。
 私の住む地域はお世辞にも治安が良いとは言えない。喧嘩は日常風景だし、強盗被害に遭ってない店舗は通りになく、週に三回は銃声が鳴って教会の鐘も鳴る。
 そんな天国に片足突っ込んだような土地に私は縛られている。何を考えていたのか私の旦那はこんな掃きだめにアパートを持っていたのだ。旦那が両足ともを天国の地に着けてしまってからは、当然私がその後のことを引き継がなきゃならなかった。
 結婚してすぐにデートと称して射撃場に連れて行かれた時は、さすがに驚いた。
「銃床を脇の下に押し付けるようにして、コンパクトに構えるんだ」
「散弾銃は小さな弾が一度に発射されるから当てやすいし、銃の構造も単純で扱いやすい」
 と、真剣に語る旦那の表情を見て、私も覚悟を決めた。
 自分たちの手で二人の生活を守らなきゃいけないんだ。初めて銃を手にした時、私の中に小さな火が灯った。
 不格好な私のフォームを後ろから治してくれた旦那の手は優しかった。
 その教わった通りのフォームで銃を構える。
 入口ドアの死角に立ち、ドアの向こうに老いた耳を澄ますと探るような忍び足が確かに聞こえた。素人め。
 ノブがゆっくりと回り、扉が開け放たれる。ピエロのマスクを被ったアホが拳銃を構えて飛び込んできた。
「ババァ! 金を出せ!」
 無人の管理人デスクを前に大声を上げるアホ。私は注意深くドアの外の様子を確認する。時間差で二人目、三人目がやってくることもあるが今回はどうやらコイツだけらしい。ますます素人だ。そのツケをあの世で払ってもらおう。
「集金するのは私の仕事だよ!」
 戸惑うピエロの背中目掛けて私は引き鉄を引いた。
 轟音。
 あの日初めて銃を撃った時、私はその音と光と衝撃に引っくり返りそうになった。後ろで旦那が支えていなかったら確実にそうなっていただろう。
 何が何だかわからなくなっていた私に旦那は気障な調子で
「おめでとう、ぼくらの生活を脅かすスイカ型の宇宙人をやっつけたぞ」
 と言って、粉々になった標的のスイカを指さして笑っていた。
 そんな彼の様子に私も気が付けば笑っていた。
 火薬の匂いが薄れていく中、私は内線電話を手に取った。
「ヘボ探偵、今月の家賃ならもう少し待ってやるから、ちょっと手を貸しな」
「それって、今の銃声と関係あったりします?」
 恐る恐るといった調子で答えるのは、上階に部屋を借りている家賃滞納常習の自称探偵のボンクラ男である。滞納の見返りに私はこの男に色々と『お願い』を聞いてもらっているのだ。
「珍しく名推理じゃないかバックス、早くしな。私が持ってるのは鹿撃ち〈バックショット〉だよ」
「はい……」
 弱弱しい返事を残して電話が切れる。
 成果を前に私の口元から満足げなため息が漏れる。上手くやれただろう? 
 嫌々な調子の足音と、パトカーのサイレンが近づいてきていた。


まず訂正を入れねばならない。今回、執筆の前段階で課題文を読み間違えていて、合評会の場まで間違えに気付いていなかった。本来なら「時制が統一された文章」を一問提出しなければならなかったのだが、問1においてそれができていないことを明記しておく。
もし、この記事を参考に課題に取り組む方がおられたらご注意ください。


今回の課題はシチュエーションにも縛りが課せられ、かなりの難産だった。本作とは別の内容でぎりぎりまで書いていたのだが、まったく面白く仕上げられる気がしなく悩んでいたところ、締め切りギリギリで課題3-2で登場させたステラ婆さんのことを思い出し、彼女の勢いそのままにその後はスムーズに書き上げられた。
課題文の読み間違えが発生しているので、求められている課題点はクリアできていないところもあると思うが、時間跳躍の箇所に関してはかなりの自信がある。


講評覚書

・印象と意味合いの変化がビビッドで良い。
・時間の跳躍のヴァリエイションが豊富で良い。(セリフで移動、似たようなシーンを重ねて移動、過去/現在に存在しないものを描写することで移動)
・時間移動を明白にするような語句表現がないのも良い。
・登場人物の感情と意味合いのトーン、テイストが変わるのが面白い。書き分けが上手く、どちらにも面白いところがある。
・散弾銃の説明が詳しくない人には勘違いされそう。
・課題の読み違いに加え、時制の統一がなされていない箇所もある。


問題文はよく読め。

時間跳躍のヴァリエイションは任せろ。


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