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文体の舵をとっている2

〈練習問題②〉 ジョゼ・サラマーゴのつもりで(p49~)
一段落〜一ページ(三〇〇〜七〇〇文字)で、句読点のない語りを執筆すること(段落などほかの区切りも使用禁止)
テーマ案:革命や事故現場、一日限定セールの開始直後といった緊迫・熱狂・混沌とした動きのさなかに身を投じている人たちの群衆描写。

 上島は事件当日当該時刻に現場となったスクランブル交差点に隣接する喫茶店の大通りに面したガラス張りのカウンター席に座っていたところ事件を目撃することになり事の始まりは通りからのきゃーきゃーという騒ぎ声からで誰か有名人でもいるのかと思っていたけれど歓声というより恐怖を孕んだ悲鳴に聞こえ人の動き方も右往左往の七転八倒という様相で何かがおかしいと思い顔を上げると窓の外は蜂の巣をつついたかのような大騒ぎでその中心地から引き潮のようにぽっかりと人波の空白が生まれておりそこには二人の人間が残っていて一人は若い男でぽつんと立ち惚けてもう片方の大学生風の女性はばったりと地に伏し彼女を中心に大量の血がじわじわと辺りに広がっていることに気がつきよく見ると男は刃物を手にしていてそれは料理用の包丁やアウトドア用のナイフなどとは違う人を殺すためのものなんだろうなと素人目にもわかる大ぶりなナイフでその刃は真っ赤な血に染まっており通り魔だと頭が結論を出す頃には男は逃げ遅れたスーツ姿の中年男性にふらりと近付き躊躇う様子もなくナイフを男性の胸部に突き刺し無慈悲に捻ねって機械的にそれを引き抜くと男性は膝から崩れ落ち先の女性と同じように倒れ伏しそれを見ていた群衆からはまた大きな悲鳴が上がり交差点の阿鼻叫喚の程はより一層激しくなるものの通り魔の表情は奇妙に落ち着いていてその両目だけが狂気的に炯々と殺意に輝いていたのをガラス越しでも感じ取れたと証言しているがそれは文字通りでその後警察官が駆け付け制圧し逮捕するまでの間通り魔は逃げ遅れた人々を襲い続け最終的にこの事件は死者四名重軽傷者合わせて五名にもなる大惨事となった。〈698語〉


『句読点のない文章』という人生で一度も出力したことのないものを執筆しろ、なる課題で取り組む前はかなり及び腰だったのだが、シチュエーションと全体のイメージを決めて書き始めたら思いのほかスムーズに出力することができた。
実際には完全文が連なるイメージという課題だったので句点《。》が入るような箇所を作っても良かったのだが、如何せん出力したことのないスタイルだったので敢えてそういう箇所を作らないように意識してしまった。
続く問3の課題でもう一回やらなければならないのだ……。


講評覚書き

・一続きの切れのない文章と、目の離せないようなショッキングな出来事の内容とがマッチしている。フックの強い内容、かつイメージしやすいシチェーションなので、誰が読んでも文章通りに取れる内容で句読点が無くても違和感なく読める。

・一連の出来事を追う語りではあるがそれだけでなく『人波』だから『引き潮』という比喩の置き方や『通り魔だと頭が結論を出す頃には~』のように事態にリアルタイムに応対できていない様子、『通り魔の表情は奇妙に落ち着いていて~』からのアクション描写だったものから心情描写に切り替わる緩急といった小説的な描写があるのが良い。

・『二人の人間が残っていて~』のくだりで、最初に立っている男、次に倒れた女性→広がる血痕、もう一度男に戻ると刃物を手にしていて男が刺したことがわかる、という目撃者の意識や注意の流れが丁寧でリアリティがあり、視点のカット割りが上手である。

・しかし前段は『恐怖を孕んだ悲鳴が聞こえ』という聴覚の情報の後に『人の動き方も右往左往の七転八倒という様相』と視覚の情報が続くが、その後に『顔を上げると』という動作の描写が入ってしまっていて順序が逆ではなかろうか。


ありがとうございます、がんばります。


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