見出し画像

文体の舵を取っている8

<練習問題⑦>視点(POV)

問二:遠隔型の語り手
遠隔型の語り手、〈壁にとまったハエ〉のPOVを用いて、同じ物語(※1)を綴ること。(四〇〇〜七〇〇字)

問三:傍観の語り手
元のものに、そこにいながら関係者ではない、単なる傍観者・見物人になる登場人物がいない場合は、ここでそうした登場人物を追加してもいい。その人物の声で、一人称か三人称を用い、同じ物語(※1)を綴ること。(四〇〇〜七〇〇字)

ここまでに使っていた短い情景・状況・物語がもう出涸らしになってしまったというなら、次の練習問題に進むにあたって、同じ方向性で別のものをこしらえてもいい。だが元々のものを掘り下げて、まだほかの声で語れる余地がありそうなら、そのまま最後まで語り続けよう。そうすれば、練習問題に取り組む際の利便性や教育効果がいちばん高くなる。

問2.
 白羽高校弓道部では月に一度、月例会と呼ばれる部内規模の練習試合が開かれる。その月例会、本日の一位決定戦が今まさに始まろうとしていた。
 道場の隅に置かれたホワイトボードに記録係の部員が参加者二名の名を記す。
 一の立、久世未可子。
 二の立、入江詩織。
 彼女たちの名以外にもホワイトボードには部員たちの磁石式のネームプレートがずらりと貼られており、それらの下にはマル印とバツ印がスコアとして記録されている。久世と入江の名の下には同数のマル印が付けられているが、バツ印は他の部員と比べても明らかに少なかった。
 一の立に着いた長身の女生徒が射技に取り掛かる。その動きは滑らかで淀みなく、彼女の長身と涼しげな表情や立ち振る舞いも相まって、熟練と場馴れを感じさせた。
 程なくして放たれた一射は、鋭い矢勢をもって的中した。
 続いて二の立の女生徒が射技に入った。先の生徒とは打って変わって、その表情は緊張感に溢れており所作にも固さが見られる。しかし真剣な様子や気迫は確かなもので、放たれたた矢はこれもまた的中となった。固かった表情に安堵の感情が浮かぶ。
 その時、一の立の生徒が二の立へと首を巡らせた。両者の視線は互いにぶつかったようだが当然言葉はなく、その一瞬は時の流れに呑み込まれ、決勝戦は何事もなく粛々と進行していった。

問3.
 久世先輩と詩織ちゃんの競射が始まった。
 記録係の私はスコアボードのある前側にいたから射位に立つ二人の様子がよく見えた。
 久世先輩はいつも通り、キリリと太い眉をちょっと怒ったように吊り上げて真剣な面持ちで矢をつがえ始めている。一方の詩織ちゃんといえば直前まで「先輩と競射に立てる!」なんて嬉しそうにはしゃいでいたくせに今ではガチガチだ。
 そうだよね、憧れの人と同じ場所に立てているんだもんね。私だってきっとそうなっちゃうよ……。詩織ちゃんと同じチームになれたらさ。
 私は詩織ちゃんのことが好きだ。詩織ちゃんは久世先輩のことが好きだ……多分。
 詩織ちゃんは高校に入って初めて声をかけてくれたクラスメイトで今では親友だ。弓道部にも一緒に入ろうよって誘ってくれた。引っ込み思案な私にいつも優しくて頼りになって、可愛くて格好良い――、
 私の不埒な思考を打ち払うように、叱するような的中音が響き渡った。
 久世先輩が中てたのだ。慌てて先輩の名前の下にマル印を付ける。
 続いて詩織ちゃんの番だ。一挙手一投足を見逃さないように彼女を見守る。
 詩織ちゃんの所作はやっぱりいつもより固そうに見えた。一動作ごとに息を吐いてはどうにかリラックスしようとしている。
 捧げるように弓を頭上に掲げ、弓を持った左手だけを前方に押し出す。右手をゆっくりと下ろしていって、弓と弦の間に身体を差し込むように大きく矢を引き絞る。矢が唇の高さに達するところで静止。「会」と呼ばれる的中を左右する所作に差し掛かった。
 ふと、私の中で誰かが囁く。詩織ちゃんが負ければ、きっと「負けちゃったよ~」とか言って私に泣きついてくるだろう。それを優しく迎えて慰めるのだ。
 そんな邪な囁きの一瞬の間に、詩織ちゃんが右手の矢を離すと同時に弦が鳴って、矢は一直線に的へと吸い込まれ、私の囁きを打ち消すあざやかな的中音を上げた。
 私は自己嫌悪と喜びの混じったため息をつきながら詩織ちゃんの名の下に正円を意識して、丁寧にマル印を付ける。
 ホワイトボードから向き直ると、嬉しそうな詩織ちゃんと目が合った。私はできるだけの笑顔で微笑み返した。


問2は完全中立の知性あるハエのPOVで描く、という登場人物の内面に触れられない縛りがあり、読んだことも書いた経験もないような文章を書くもので最初は戸惑っていたが、映像作品における『セリフなし、役者の演技とカメラワーク、演出のみで物語る』シーンが大好きなので、そういったシーンを想定し、さらにカップリング語りをする際のミームでよくある『カプのいる空間の床や壁になって二人を観察したい』を徹底することで出力することができた。特に登場人物らの名前の出し方は会心の出来である。

問3は傍観者の視点となる。前の問で記録係が生まれたので、名もなき記録係ちゃんにご登場願った。高湿度感情百合が楽しすぎて筆が乗ってしまい文字数を実はオーバーしている。問3は傍観者からの視点でこれまでの物語を振り返ることが出来るので、比較的設定語りやシチュエーションを披露しやすい場となりやすい。そのため記録係ちゃんには三角関係の一端を担ってもらい、物語へ深みを与える役どころが与えられた。弓道のアクションを見せるパートでもあり、視点のフォーカスの差異を出すための役どころでもある。


講評覚書

問2
・中立の視点としてコントロールしきれている。
・名前の出し方がスムーズ、工夫が感じられる、アプローチの仕方で勝っている→このままでも良いが初回以降は苗字表記でも良かったのではないか?→床や壁に徹したかった。
・同時に動かないのでフォーカスの切り替えがわかりやすい。→創作に混ぜた嘘。実際の競射は順番に射る必要性はないです。
・知識はないが状況把握に優れているハエ、内面に立ち入らず副詞によって感情のコントロールがなされている。

問3
・新たな人物の登場によりドラマが深まる、三角関係の構図の強さ、人称の選び方もマッチしている。視点の落差が面白い。
・感情が重くて良い。
・呼吸、動作、身体等への言及、百合描写とアクション描写に連動、手や姿勢、所作に視点が向く『百合のトポス』
・弓道という前提上、登場人物が同じ動きをして、その動きを描写することで物語が進行していく。片方を描きつつ片方を描かなくても成立するというテクニックを感じられた。描かなくてもいい必然性。


百合に挟まらないハエ。
床や壁やハエになって百合を観察したい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?