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文体の舵をとっている5

<練習問題⑤>簡潔性
一段落から一ページ(四〇〇〜七〇〇文字)で、形容詞も副詞も使わずに、何かを描写する語りの文章を書くこと。会話はなし。
要点は、情景(シーン)や動き(アクション)のあざやかな描写を、動詞・名詞・代名詞・助詞だけを用いて行うことだ。
時間表現の副詞(<それから><次に><あとで>など)は、必要なら用いてよいが、節約するべし。簡素につとめよ。
現在、長めの作品に取り組んでいるなら、これから書く段落やページを今回の課題として執筆してみるのもいいだろう。
すでに書き上げた文章を、磨いて<簡潔に>仕上げるのもよい。

 遺体の頭部は根元から失われていた。いわゆる首切り死体。
 発見された現場は工業用水を処理施設へと流す街外れの水路の一角だった。ここより上流のどこかで殺されて、胴体部分だけが遺棄された末にここに流れ着いたと思われる。引き揚げられた遺体は成人男性のもので、頭部だけでなく着衣も身元を示すIDの類もどこかに忘れてきてしまったようだった。
 遺体はブルーシートの上に仰向けに横たえられているものだから、自然と首の切断面に目が行ってしまう。
 肉、端子、骨、チューブ、血管、筋繊維、ケーブル……。
 人工器官と生体器官が複雑に混ざり合ったグロテスクな断面はサイボーグ典型のものだ。身体の義体部品の情報を調べれば身元は判明するだろう。問題は頭部の方だ。この手の事件で頭部が表に出てきた例はレアケースである。
 首切り殺人。オールドアーカイブで見たことある古典ミステリの作品群では、首を切断する理由や首の行方を巡る様子が魅力ある謎として扱われがちだったが、現実の事件では到って無味乾燥な理由がある。
 犯人は頭部そのものでなく頭蓋骨の内側、電脳に用があるのだ。他人の電脳情報や記録に手を出すといった違法なハッキング行為は、防壁やセキュリティを対象人物に気付かれずに短時間で突破しなければならず、高リスクで高難易度だ。
 これらの違法行為に従事するような輩は、荒事専門の回収部隊〈ハンター〉を用いて頭部ごと電脳を持ち帰らせ、金で動く電脳潜水士〈ダイバー〉に情報を探らせた方が手軽で低リスクなことを心得ている。
 この被害者もどこかの誰かにとって不都合な情報か、危険な秘密、重要な何かを頭にしまい込んでいたがために引き抜き〈ヘッドハント〉されてしまったのだろう。
 死人は語らず、は過去の言葉である。


脳内になんとなく存在しているサイバーパンク本格ミステリの世界観を舞台に創作。
古典ミステリにおける首切り殺人が持つ魅力をサイバーパンク世界観に置き換えて、メタ的に描写したかったのと最後の死人に口なしオチを書きたかった。
形容詞(形容動詞)と副詞を使わない縛り、他の参加者の方々の中でも、全く困らなかった派、形容詞縛りがきつい派、副詞がきつい派と千差万別で、各々の執筆時の手癖や指し筋みたいなものが露わになったようで興味深い課題だった。
ちなみに自分の場合は文章のテンポを取ったり、シフトチェンジに副詞を使いがちなので副詞縛りがきつく感じた。


講評覚書

・物語の枠組み(このテキストでは『首切り殺人』の扱い)がハッキリしていて一貫しているのが良い。
・SF的な文章だと、単語の持っているイメージが強く想像が容易なため説明が少なく済み、課題のような縛りのある文章に適している。
・二段オチが強く、格好いい。贅沢。
・写実的な文章がシチュエーションとマッチしている。体言止め、名詞の使い方が効果的で良い。
・ルビによる言葉の省略。漢字を多用することによりルビを振った造語が出てくるまでの世界観や雰囲気作りの一助になっている。
・語り手のキャラクターが薄い、情報やどういう視点からこの場面を見ているのか、リアクションが欲しかった。


実は一度提出した後にル=グウィン先生が「お前それで良いのか?」と夢枕に立った(証言多数)ので加筆修正したりしました。
前回に続いて二段オチが好評で、お褒めの言葉も数多く頂けたのでうれしかったです。

ツイストは二回以上。

サイバーパンク本格ミステリならどんな謎が魅力的なの?


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